第11話

 おっと、ここで一時間目の教科担任がきたようだ。

 ざわついていたクラスのみんなが席に着いたぞ。京香も熱海も裕也も蚊も、自分の居場所に戻った。

 数学の授業だったな。さっき職員室で教科書一式を貰ったんだ。教科書を買えと言われるのではないかと思って、マジな話、ヒヤヒヤしてたよ。

「じゃあ、この前のつづきからな」

 いよいよ、この学校での初授業かあ。まあ、貧乏人ばかりだからレベルはたいしたことないだろう。

 って、あれえ。

 結構難しいぞ。俺がいた高校よりも先に進んでるな。前は進学校だったのに、あそこより高度な授業してるよ。貧乏高校だからといってバカにできない。

「プルプルプルプル」

 おいおい、ケイタイが鳴ってるぞ。

 誰だよ、授業中に鳴らしたらシバかれるぞ。

「あ、もしもし」

 教師かよ。数学の教師が教壇で通話してる。授業そっちのけだって。

「いや、だから絶対に返しますから。もうすぐボーナスが出ますので、大丈夫です。だから、もうちょっと待ってくださいよ。お願いしますよ。今月、あと三千円しかないんです。月末までぎりぎりで、っていうか、もたないです」

 話の内容からして、借金の催促だと思われる。この高校、生徒だけでなく教師まで貧乏なのかよ。

「吉沢の奴、キャバクラで派手に金つかって、闇金に借金してるんだよ」

 前の席の金持ちの蚊野郎が、後ろを向いて説明してくれた。こいつ、蚊のくせに事情通だ。

「そんで、そのキャバクラ、僕の父さんが経営してるんだ」

 おまえは地獄に落ちるよ。おまえの父さんと一緒に落ちるさ。来世は、地獄のキャバクラで呼び込みのバイトしてるって。

「だから、お願いしますよ、牛島さん。お願いですから、もうちょっと待ってください。後生ですから勘弁してください。必ず、必ず返しますから。もう、お願い、ティーチャー」

 吉沢先生、よりによって最悪な奴から金借りてるんだな。ってか、ティーチャーはあんただからな。

「お願いします。命だけは勘弁して。地下坑道での無期限労働とか、客船でのじゃんけん大会とかやめてね」

 数学の教師が、ケイタイを耳にあてながら土下座し始めたぞ。すごいなあ、背骨と床が完全に平行になってるさ。かつて、これほどまでに完璧な土下座を見たことはあるだろうか。

「はいはい、それも確実です、来月にはなんとか。はいはい、その時には煮るなり焼くなり臓器を引っこ抜くなりしてください。はい、はい、それでは失礼いたします。はい、はい」

 ようやく話しが終わったよ。吉沢先生、ふーっとため息をついて、青い顔して一人でぶつぶつ言ってるなあ。どんだけ、キャバクラで豪遊したんだ。数式通りに生活しろよ。

「来月には数学の教師が入れ替わるぞ。たぶん、吉沢は行方不明になるよ。あ、それと僕の名前は半村良太郎。良太郎と気安く呼んでくれてもいいからね、お兄ちゃん」

 なんか、最後がアニメの妹キャラみたくなってるぞ。キモいやつだなあ。

 しっかし、なにげに物騒な話だ。俺の両親もそうだったけど、世のなか金が絡むと恐ろしいよ、ほんと。

 ふう。

 なんとか午前中の授業が無事終わった。休み時間中は、熱海や裕也がしょっちゅう来るから、ボッチにならずにすんだ。前の高校より、意外と楽しい感じがする。

 昼飯の時間だな。クラスのみんなも、弁当開いたり、パンを買いに行ったりしている。

 俺はというと、あのお母さんから弁当箱をもたされてるんだ。まあ、中身は全然期待できないけど、昼飯を食べられるだけマシだろう。

「恭介っち、一緒に食べようよ」

「私も私も」

 熱海と毒キノコ女が俺の席にきて、昼飯を一緒に食べようと言ってるよ。隣の机を俺とくっ付け始めた。

 おひゃあ。

 はっきり言って、うれしいぞ。

 前の学校じゃあ、俺の方から無理やりに男子の輪の中に入っていかないと、すぐにボッチになったけれど、ここではなぜか向こうからやってくるよ。しかも女子だよ。なんという僥倖、なんという幸運。圧倒的なラッキー。うっほ、貧乏、バンザイ!

「ちょっとう、半村は邪魔」

 良太郎が熱海に蹴りだされるように排除された。ははは、おまえは父親のキャバクラでフルーツ大盛りでも食っとけよ。

 ええーっと、京香は来ないのかな。来ないな。やっぱ俺と一緒にご飯を食べるって、恥ずかしいのか。

 って、おおおおおおお。

 京香の席のまわりに男たちが群がってるぞ。なんだよあいつ、昼飯どきにモテモテじゃんか。

「はは~ん、お兄さんとしては、可愛い妹が男だらけになっているのが、気になってしょうがないのですね」

「そ、そんなんじゃねえし」

 くっ、ホントに熱海は鋭くて困る。こいつがピンクコンパニオンになったら、いやらしいことをたくらんでいる客は困るだろうな。

 まあ、京香のことはいいか。あんまり見ると熱海に勘ぐられるしな。ここは平静を保って、文谷家の弁当を食うことにするさ。

「恭介っちのお弁当って何かなあ」

「そうそう、京香はお弁当持ってきたことないしね」

 え、そうなのか。

 お弁当を持ってない京香は、何を食べてるんだよ。文谷家にパンを買う金があるとは思えないけどな。ああ、そうか。新聞配達のバイトの金があるか。

 とすると俺のお弁当は、わざわざお母さんが作ってくれたことになるな。なんだか申し訳ないような気がするけど、中身は絶対あれだよ。

「たぶん、そうめんだと思う」

「そうめん?」

「そう、そうめんだよ」と、カミングアウトするぜ。

 わざわざ作ってくれたのは非常にありがたいが、どうせ中身はそうめんだろう。

 昼飯にそうめんを持ってきて、「きゃー、お弁当がそうめんの男子がこの世の中に存在しているう」って騒がれる前に、あらかじめ予防線を張っておく必要があるからな。心理学的な、アドラー的な手法だよ。

「うっわ、なんだか懐かしいお弁当箱だね」

「なんかあ、昭和の匂いがするう」

 熱海と学級委員長の言うことは、まんざら外れでもない。俺の弁当箱は、四角形の金属箱だからだ。ネットで見たことあるなあ。

 しっかし、この弁当箱、けっこう重いぞ。中はそうめんじゃないのかよ。

「なにが入ってんだろう、わくわく」

 熱海がワクワクしてるよ。

「きっと、ご飯に梅干し一つよ。わくわく」

 毒キノコな学級委員長が日の丸弁当を予想しているけど、さて、実際はなにかなあ。

「じゃじゃーん」と調子こいて、我ながらこっ恥ずかしい効果音を口走りながら、弁当の蓋をとってしまったぜ。

「ええーっと、なにそれ」

「石?」

「え」


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