第10話

「立花さんはスカンク属性の魔術師だからな。レベル無限大の超絶オッパイ結界で防御フィールドを張ってんだよ」

 おい、ヘンなのが来たぞ。パッと見は、痩せすぎたガリ〇リ君みたな奴だ。

 同じ高校生として忌憚のない意見を言わせてもらうと、ハンパなくショボすぎ。

「こいつは内野裕也。見た通りのオタクで、ちびで、やせっぽちで、あったりまえに貧乏なんだよ。シャケナベイビーって言っちゃだめだよ」

 ケタケタと熱海は笑ってるけどさあ、内田裕也を知ってる女子高生って、おまえぐらいじゃないか。

「立花さんの家は、この前の第七次魔界大戦で、屋敷ごと次元転送されたんだ。グリューネワルト第三帝国の第四七王女である餡子姫は、敵のワルトハイム伯爵夫人に量子力学的でシュレディンガーのニャンコ先生的な超時空魔術をかけられて殺されそうになったけれど、地底人ドワーフ族の族長から天界のマンダラを授けられて、その大いなる力によってスカンク属性を身につけたんだ。そんで、そのスカンク属性はあらゆる邪悪な魔術を無効にして、やがて巨乳を愛する男たちの世紀末救世主となって、砂漠の荒野をヒャッハーなモヒカン連中相手に一子相伝の巨乳暗殺拳でアタ、アタ、アタタタタタタタタタって」

 なんか中二的なオタクの妄想が、いろいろ混じりすぎてわけわからん。ってか、第四十七王女って、子だくさん過ぎ。王様、どんだけ絶倫ゴールドなんだよ。いま少子化なんだよ。空気読め。

「喝アーッ、つ」

 うわあ、熱海の強烈回し蹴りが、オタクな裕也の延髄にヒットしたぞ。

「どべべっ」って言いながら、オタクが吹っ飛んでいった。なんつう暴力的な女なんだよ。

「うっぜんだって、ったく」

 オタク、教室で死すだな。

 それにしても、熱海。

 とりあえず蹴り上げた足はおろそうや。ピンクのパンツが丸見えだぞ。

「熱海はさあ、空手三段だから、お尻とか触らないほうがいいよ、恭介。死ぬから」

 そんなこと、言われなくてもするかよ。

「死ぬから」

 念を押さなくていいぞ、京香。

「死ぬかと思いました」

「わああ」びっくりした。

 オタクが秒速で起き上がってきた。おまえの延髄、鋼鉄か。

「そういうわけで、文谷恭介君も、餡子姫を守る会に入会しませんか」

「いや、入らないよ」

「入会金は月五千円です」

「たかっ」

「お金の代わりに血を二百ccでもいいよ」

「おまえはオタクであって、吸血鬼じゃないだろう」

「属性的には、ちょっとニートな無職にあこがれてますけど、なにか」

 もはや、ふつう以下の人間じゃないかよ。

「かあーーーっつ」

「うわあ」

 びっくりしたよ。いきなり背後から大声出すなよ。なんだよ、さっきの蚊みたいな顔した嫌味な金持ちかよ。

「立花さんは確かに巨乳だが、オッパイの価値は大きさだけじゃないぞ。文谷京香のツンとした美乳は、なにものにも代えがたいんだ」

 このバカ野郎は、京香本人を前にしてよく言えるよな。完全にセクハラだろう。つか、見たことあるのかよ。

 ほらみろ、京香はガン無視だぞ。熱海も引き気味だし。

「もう一度言う。オッパイは大きさじゃなくて、その気品と気高さなんだよ、タイター君」

 誰がジョン・タイターだよ。俺はタイムトラベラーじゃねえぞ。

「タンメンじゃないぞ、恭介」

 おまえに名前を呼び捨てにされるって、なんかイヤだな。つか、タンメンはどこから出てきたんだっての。

「タンメンの悪口は、ロバに言え。キリッ」

 おまえじゃなくて、どうしてロバなんだよ。意味わからんわ。

「はいはい、オタクとストーカーは無視無視、とりゃっ、とりゃっ」

 熱海が、うざすぎる二人を追っ払ってくれたよ。二人の尻に本気のタイキックをかましたら、キャンキャン鳴きながら逃げて行ったさ。

「うちのクラスの男子、餡子派と京香派がいるのよ。あのストーカーは京香派なんだよね」

 熱海が意味深な目線で見るけど、京香は全然興味なさそうな顔してる。

「餡子派は、どっちかつうとマニアックなヘンタイが多いかな」

 それは的確な分析だ、熱海。いくら可愛くて巨乳とはいえ、あの臭いは危険物で、閲覧注意なシロモノだからな。イッちゃった奴らには、いい匂いなんだろうけども。

「へえ、京香って意外ともてるんだな」

 まあ、京香がもてそうなのはわかってるけど、いちおう、そう言っとかないとな。

「あれえ、お兄さんとしては気になりますか~。俺の可愛い妹に手を出すヤツは許さんぞ、ってな感じで」

「そんなんじゃねえよ」

 っつ、女の感は鋭いなあ。なんだか変な汗出てきちゃったよ。とりあえず、ハンカチで拭こう。

「あれえ、恭介っち。ポケットからなんか落としたよ。パイン飴かな。だったら頂戴よ」

 俺、パイン飴なんか持ってたっけ。

 って、ああーーーーっ。

 そ、それはマズいーー。

「なにこれ、飴じゃないじゃん。ん、って、これは、これは」

 わあ、バカ、大声を出すんじゃない。

「きゃんドームじゃん、これ。コンドームだあ」

 今朝、京香が自販機の底で拾ったものをポケットに入れていて、捨てるのを忘れてしまった。

「バカ、恭介、なにやってんだっ。このドスメタル」

 京香がすんごい怒ってるけど、それ、もともとおまえが拾ったんだからな。

「ねえねえ、みんな聞いてよ。恭介っちが学校にコンドームを持ってきたよ。これどういう意味なの。誰かとするの、ここでするの、いまするの」

 うわあ、こらっ、熱海、止めなさい。それをつまんだままビラビラさせるんじゃないって。クラスのみんなが集まってきたじゃないか。

「ち、違う。これは俺のじゃない。京香からもらったんだ」

「このドスメタル、デバネズミ、ばかっ、死ね」

「おっとう、京香がお兄さんにきゃんドームを渡したってことは、どういうこっちゃ。これは禁断の愛か」

 あひゃあ、火に油を注いじまったよ。これは間違いなくヘンな勘違いされるよ。

「おいおいおいおいおい」と、京香のストーカーが血相変えてやってきたけど、俺にたどり着く前に熱海に蹴とばされてしまった。

「いまいいとこなんだから、すっこんでろ」

 うっわ、みんなめっちゃ俺を見てる。俺と京香を見てるよ。ど、ど、そうしよう。

「それ、自販機の底に落ちてたんだよ。いっつも小銭を探している自販機にさ」

 京香が言い訳を始めたぞ。だけど、誰も信じないだろう、そんな話は。

「うどん屋の隣にある自販機?」

 さっき毒キノコを食べて保健室に行った女子が、いつの間にか帰ってきて言った。ちなみに学級委員長だ。吐く息が、微妙に正露丸臭い。

「そう、その自販機」

「あの自販機の下って、いっつも落ちてんのよ。たぶん、誰かが夜中に使うために忍ばしてるんだと思うよ」

 あんなところでするのか。つか、忍ばせるなよ。どういうヘンタイカップルが、うどん屋の隣の自販機に出没してるんだ。ジャパン、おかしいぞ。

「なあんだ、面白いことになりそうだったのに」

「つまんねえの」

「だいいち、文谷にゴム買う金なんてねえしな」

 クラスのみんなが納得したようだ。なにごともなかったように解散していく。あり得んな、これは。

 なんだよ、もっとビックリしろよ。なんか、こう、逆に寂しいだろうって。


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