第9話

「ホームレスって、ええーっと、なんだ。中学生的なホームレス?」

「餡子は中学生じゃなくて高校生。しかも我が高校の生徒会長様であるぞ」

 熱海が補足説明する。

「熱海、それどういうことだ」

「ああーっ、私の名前を呼び捨てにしたなあ」

 イカン、呼びやすい名前なんで、ついつい口走ってしまった。

 そういえば、このしめ飾り女子の苗字、何だっけ。苗字を思い出そうとすると、物置に載ったピンクコンパニオのお姉さんたちが頭に浮かんでくるんだ。なぜか、京香が俺を睨んでるし。

「まあ、許す。そのかわり、私も恭介っちて呼ぶから」

 女子に名前で呼ばれるのは悪くないな。昨日から京香に言われ続けてるけど。

 いやいや、いま考えるのはそこじゃない。生徒会長がホームレスうんぬんって話だ。

「ホームレス生徒会長なんだよ、餡子はさあ」

「そうそう、ホームレス生徒会長」

 ホームレス生徒会長って、そういうカテゴリーがあるのか。相変わらず、わけわからんって。

「すまん。もう少し詳しく説明してくれ」

「説明もなにも、ここに入学する前から、餡子はホームレスなんだよ。なんでもさあ、親がスゲー借金抱えて逃げてるんだって。家はとられて親戚もいないし、だからホームレスしかないんだよ」

「そうそう」

 他人ごとではない話だな。俺も、京香の家が拾ってくれなかったらどうなっていたことか。

 いやいや、まてまて。福祉施設とかあるでしょう。日本は格差社会になってしまったようだけども、さすがに未成年は保護されますって。

「未成年だから、施設にとか行けるんじゃないか」

「まあ、そうだけど」

「本人が行きたくないの。逃亡してる両親が、そのうち迎えに来てくれるって信じてるんだから」

 熱海は事情通のようだ。

「ねえねえ、なに話してるの」

 今朝、一緒に登校してきたビッチもきたぞ。

「餡子の話」

「ああ」

 なんだか、そっけない反応だな。

「餡子はねえ、夢見る女子高生なのよ。自分を捨てたお父さんお母さんが、大金持ちになって帰ってくるって思ってんの。もうね、病気っていうか、救われないっていうか。はあ、なにそれって感じ」

 なんだかイヤな言い方だな。性格悪そうだぞ。てか、生徒会長に聞こえるって。

「日奈、それは言いすぎだって。餡子も苦労してんだからさ」

 京香がすかさずフォローした。

 やっぱそうだよな。同じクラスの女子なんだから、お互いに気づかうべきだよ。

「でも、あのお乳は反則だよねえ。ホームレスなのに栄養状態がいいって、ありえなくね」

 いちおう俺は男子なんだから、そういう話は女同士の時にやれよ。気まずいだろ。

「なんだ日奈、知らないの。餡子はホームレスだけど、ホームレス相手に炊き出しを手伝ってるんだよ。だから、食い物には困らないんだ。我が文谷家よりも、よっぽどいいもん食ってるんだって」

 そうだそうだ。

 我が文谷家は、朝からそうめんなんだぞ。つゆが30ccしかないんだよ。うっすいんだよ。

「そうそう。それに男子からも人気があるからね。とくに一年男子はファンが多くて、パンとかお菓子とか、差し入れがいっぱいなの」

 あの顔に巨乳なら人気があるのはわかるが、ニオイはどうなんだ。ひょっとして、ここの一年男子はニオイフェチなのか。

「あ、恭介っち。いま、ニオイがどうじゃこうじゃって思ったでしょう」

「いや、俺は、べつに」

 くっ、しめ飾り職人め。勘が鋭いな。おまえがピンクコンパニオンになれよ。

「餡子は、そのニオイを含めて好かれのよ。男子にとっては中毒性があるみたいよ」

 それ、ただのヘンタイやん。マニアック過ぎますって。

「それにしても、ホームレスなのに生徒会長って、すごいな」

 だって、ふつうの女子なら心折れて、グレるか、どうかするだろう。それがわざわざ生徒会長に立候補して、そして生徒会長になってしまうんだから、たくましすぎる。

 京香も貧乏に負けずに生きてるし、熱海にしても、父親をピンクコンパニオンだらけにしようと、学校来てまで内職頑張ってるし、ここの学校の女子って根性が据わってるなあ。

「学校なんてやめて、おとなしくホームレスしてればいいんだって」

 捨て台詞を残して、日奈が行ってしまった。クラスが一緒とはいえ、女同士いろいろとありそうだぞ。ビッチはビッチっぽいけどヒンヌーだしな。餡子のことを悪く言うのは、そのへんが原因だろう。

「日奈っちは胸が小さいから餡子を嫌ってると思ってるでしょう、恭介っち」

 だから女の感が鋭すぎるぞ、熱海。温泉でのぼせて寝てくれよう。

「私だって、ちっぱいなんだからね」

 いや、そんなこと聞いてねえし。熱海もヒンヌーなのは見ればわかるし。お父さん、さぞやがっかりしてるのだろうな。

「ちなみに、餡子ほどでもないけど、京香は結構でかいんだよ」

 それは、なんとなく知ってる。あんまりいうなよ、意識しちまうだろう。

「餡子は、そうしたいからするんだよ。貧乏とか、ホームレスとか、足が臭いとか関係ないってさ。人生、そんなもんだ」

 京香は達観してるなあ。

 つか、足の臭いはどっから出てきたんだ。関係ないだろう。

 ひょっとして、京香自身が気にしてるんじゃないのか。俺、昨日の夜、その足で顔面を踏みつけられたんだけど。

「でもさ、夜とかどうしてるんだよ。あの巨、いや、女子高生なんだから、襲われたりしないのか。危なすぎるだろうよ」

 物騒な世の中だからな。ヘンタイはいたるところに出没するし、怪しいワゴンに乗ったチンピラに拉致されても、ちっとも不思議じゃない。

「餡子には、とっておきの場所があるのよ。誰かに言うと、どこからバレるかわからないから、本人だけの秘密。だって、命がかかっているから。あのニオイも、身を守る手段なの」

 それも凄まじい話だ。俺なんか、まだ救われている方なんだな。

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