第8話

 さあて、いよいよ学校に着いたぞ。俺一人制服が違うから、あきらかに浮きまくりだな。アウェーの視線が痛ってえなあ。

「職員室はアッチだから。じゃあな、恭介」

「お兄ちゃん、また今度」

 どうして知りもしない女にお兄ちゃん呼ばわりされるんだよ、もう。

 でも、職員室にいったらどうしたらいいんだ。あの怖いオジサンたち、ちゃんと手続きしてくれたのかな。ぜんぜん期待できないんだけど。

 いきなり他校の制服の男子が入っていったらヤバいんじゃないか。どこの組のモンじゃ、オラアー、ってボコられたらどうしよう。

 つ、つまみだされそうで、胃が痛いぞ。

 って、まったく大丈夫だった。手続きが完璧にすんでいて、俺の担任となる先生がいろいろと説明してくれたよ。

 あのコエーおじさんたちスゲーな。グレートだよ。昨日の今日でどうやって手続きしたんだ。

 日本のアウトロー、事務処理能力ハンパねえ。

「それじゃあ行くよ、文谷君」

 よし、これからクラスで俺のお披露目だ。転校生が最も輝く、いや、もっとも下痢をもらしそうになる場面だ。

 これは緊張するっしょ。

 自己紹介を、なんにも考えてないぞ。 

 いまの俺のアピールポイントはなんだ。

 ないよ、なにもない。しいていえば、貧乏なことぐらいだ。そうめん食うのに三〇ccしか麺つゆが許されないことだ。

 京香の使用済み歯ブラシでゴシゴシしているくらいだ。

 いや、なに考えてんだよ。そんなこと口が裂けても言えないな。

 とりあえず、つい最近まで金持ちだったことを自慢しようかな。

「さあ、この教室だ。先生の後についてきなさい」

 うおー、緊張するう。下を向いて歩こう。

「今日からこのクラスに転校してきた文谷恭介君だ。以後よろしく。それじゃあ、後ろの空いてる席に座って」

 え、なんか短くね。自己紹介とか、どこいっちゃったの。

「先生、文谷君って、京香のなんなんですか」って、一番前の席の女子が言ってるさ。

 あれえ、後ろに京香がいるよ。さっきの女子もいるな。

 同じクラスなのか。それはなにかと心強いぞ。

「兄弟ということだが」

「文谷君は、どうして違う制服なんですか」

 このクラスの女子、微妙なとこを訊いてくるなあ。

「制服を買えないとのことだ」

 先生、そこは、もうちょっとマイルドにいってくれよ。差別を助長するような発言は、小さな声でしてくれって。

「おい柴田、しめ飾りの内職は放課後やれっていってるだろう」

 柴田が内職してるよ。窓際の前から三番目の女子が、朝のホームルームにしめ縄つくりの内職に励んでいて、担任に注意された。

「おーい、誰だ。教室にクサヤを持ってきてるのは」

 そういえば、さっきからアレを思わせる強烈なニオイがしてるんだが。

「はい、あたしのお弁当です」

 女子が元気よく立ち上がって、なぜだか弁当箱を開けたぞ。

 うわっ、くっせ。めっちキツい。ウ〇コでしょう。

「花咲、わかったから弁当を閉じていいぞ。今度からはしっかり密封してくるんだぞ」

「は~い」

「先生」

「なんだ、学級委員長」

「さっき校門のとこに生えていたキノコを食べたらお腹が痛いです」

「たぶんそれ、毒キノコだな。保健室行って正露丸飲んでこい」

「は~い」

 学級委員長の女子が、お腹押さえながら保健室に行ったぞ。朝から、なんつうもん食ってんだよ。

「へい、ティーチャー」

「なんだ、レキシー」

「おじいちゃんの、散歩、しなきゃ、イケマセン」

「おまえのおじいちゃんはフィリピンにいるだろう。とりあえず、日本語はしっかり発音しような」

「は~い」

「先生」

「もういいだろう。近藤、おまえで最後だぞ」

「おれってビッグになれますか」

「ようし、ホームルームは終わりだ。今日も元気で健康で貧乏に負けないように勉強するんだぞ」

「は~い」

 なんだかこの高校、庶民的すぎないか。貧乏人ばっかの高校だよ。

「君が京香のお兄さんだって」

 ホームルームが終わって、一時間目が始まる休み時間に、前の席の男が振り返って言ってきた。

「まあ、そういうことかな」

 京香を京香と呼び捨てにするこの男はなんなんだ。蚊みたいな顔しやがって、いかにも嫌味っぽい感じだ。ス〇オ的なキャラだな。蚊め。

「いちおう言っておくけど、僕はこの学校で一番金持ちだから」

 いや、そんなこと聞いてねえし。おまえの経済状況など俺に関係ねえし。てか、うざ、死ねや。

「いま、死ねって思っただろう」

 う、こいつ、無駄に鋭いぞ。俺の心が読めるのか。金持ち、侮りがたし。

「京香のお兄さんってことだけど、僕に挨拶なしに兄妹になるなんてことは許されないんだ」

 おめえ、保護者じゃないし。ほんと、うぜえな。テロに巻き込まれて死なないかなあ。

「そいつの妄想に付き合うことはないって。京香に一方的にストーカーしてるだけの、ただのカンピロバクター菌だから」

 突然、女子が割り込んできたよ。

 え、こいつ、食中毒菌なのか。

「だれが勘九郎だっつうに」

 いや、食中毒菌の話をしてるんだよ。そもそも、おまえは歌舞伎でもないだろう。その女子が来たら、嫌味な金持ち野郎が逃げて行ったよ。

「私、柴田。柴田熱海、よろしくね」

 女子が自己紹介してくれたよ。しかもフルネームをいきなりだ。アニメで見た展開だ。なんだおい、ここの学校って、けっこうフレンドリーだな。

「ええーっと、柴田、あたみさん?」

「そうそう。お父ちゃんが熱海の温泉で豪遊するのが夢でさあ、娘の名前に熱海ってつけたんだよ」

 おまえの父親、頭おかしい。つか、さっき内職してた女子だな。しめ飾り職人なのか。

「お父ちゃん、ピンクコンパニオンを百人呼んで豪遊したいんだよ。百人はべらせても大丈夫、ってね」

 おまえのオヤジの願望はもういいよ。物置みたいだし、微妙にエロネタだっての。

「文谷君、その制服は学校指定ではないから、早めに替えてほしいのだけども」

 おおー。

 突然なんだよ。

 すごい可愛い女子が俺のもとにやってきたよ。しかも、はち切れんばかりの巨乳だあー。京香もたいがいに可愛いけど、この女子も負けてないぞ。いや、オッパイがデカい分、アドバンテージがある。

 巨乳は、存在自体が神聖なんだよ。神聖ローマ帝国より神聖なんだって。

「でも餡子、文谷っちは制服買えないんだから、仕方ないんじゃね」

 熱海がグッドなヘルプをしてくれた。教室で内職するくらいだから、貧乏のつらさをわかってるんだな。

「うう~ん」巨乳が悩んでるよ。

 って、ぬおおおお。

 いま気づいたよ。衝撃的に気がついてしまったよ。

 この巨乳の女子、めっちゃ臭え。

 なんだか、森に生息する汗ばんだケモノのような、一年水を取り替えてない金魚の水槽っていうか、生ゴミバケツのふたを開けた時の、むわっと吐き気のする臭いっていうか、とにかくすんごい臭う。

 あひゃあ、めっさ臭っ。なんなん、これ。

「いちおう、校則では指定以外の制服はダメなのね」

 涼しい顔して規則をうんぬんしてるけどさ、よく見ると、おめえのセーラー服も問題ありありじゃないか。茶色や黒のシミだらけだし、あちこち破けてるし、なによりも、鼻の奥にツーンとくる臭いが沁み沁みだおう。

「できれば、なんとかしてね」

 おまえもなー。

 おめえの臭いも、なんとかしなさいって。

 ふう。巨乳が去っていった。

 キビシイ残り香をそこどこに落としながら、廊下側の自分の席に戻ったよ。巨乳の前後左右の奴らが、すかさずファブ〇ーズをシュシュっとしている。こころなしか、廊下側のコバエ密度が高いぞ。

「餡子がなんだって」

 入れ替わりに京香が来たよ。巨乳が俺に話しかけたから、嫉妬したのか。

「んなわけねえじゃん、恭介」

 はへえ、俺の心が読めるのか。

「文谷っちの制服が校則違反だって言いに来たみたい。まあ、たしかに違和感ありまくりだけどもね」

 熱海に言われるまでもないが、金がないのでしばらくはこの制服で通わなきゃならないんだって。文谷家に制服を買う金をねだったら、それこそ一家破滅だよ。

「おい、京香」俺は小さな声で呼んだ。

「なんだよ恭介」

「はは~ん、もうお二人は名前で呼び合う関係なんですねえ」

 熱海がうざい。席に戻って、しめ飾りでも作っとけよ。

「さっきの女子は誰だよ」

「ああ、あれは立花餡子、生徒会長だよ」

 生徒会長って、オッパイのデカさは、まさに会長級だけどさ。

「なんか、ちょっと臭わないか」

 同じクラスの女子を臭い扱いしたら怒られるかと覚悟したけど、京香の答えはシンプルだった。

「だって、ホームレスだもん」

 え。

 ええーっと、意味わからん。



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