第7話

 そういうわけで、とりあえず登校しようか。

 京香と一緒なのは、なにかと心強い。初めての学校でボッチはきついもんな。

「恭介、その制服違うんだけど」

「え」

 そうだよ。俺の制服、前の学校のだ。

「ま、いいか。どうせ、それしかないんでしょう」

 いや、そもそも制服しかないんだが。私服も替えの下着もないよ。

「ほらいくよ。うちの学校、遅刻にはうるさいんだよ」

「あ、ああ」

 どうするんだよ、これ。服がこれだけしかないって悲惨だろう。これから高校を卒業するまで、ずーっと同じ制服と下着なのか。それはマズいだろ。

「いってらっしゃ~い~」

 俺のパニックを尻目に、亜理紗が見送りにきてくれたぞ。

 小学一年生らしく、すでにランドセルを背負ってるけど、そのランドセルの使い込まれ感がハンパない。

 皮に縦横無尽に皺が入って、まるで高級メロンのようだ。おじいちゃんが四十年愛用している皮製バックって感じだよ。

 ある意味、レトロ感があって、ステキといえばステキだけど。

「京香、学校までどれくらいなんだよ」

「こっから歩いて一時間くらいかな。ま、そんなに遠くないよ」

 充分遠いぞ。どうりでこんなに早く出るわけだ。

「バスとか電車とかは」

「そんな金、うちにあると思うか」

「じゃあ、自転車でも」

「ねえよ。ときたま道に落ちてるから、ほしかったら拾ってこいよ。職質されるけどな」

 チャリドロボーじゃん、それ。

 ふう、三十分歩いただけで疲れてしまった。徒歩通学、ナメたらあかん。

「ちょっと待って恭介」

 京香が自販機の前に立った。

「なんだよ、ジュースでも買うのか」

 文谷家に、そんな贅沢が許されているとは思えんが。

「朝っぱらから自販機でジュースを買う余裕があるかって」

「じゃあ、何してんだよ」

「なにって、ここの自販機、底のすき間によく小銭が落ちているんだよ」

 おいおい、やめてくれよ。可愛い女子高生が自販機の底を探って小銭を拾うって、どこの格差社会なんだよ。

「おい京香、恥ずかしいって」

「これがわたしの日課なの。恥ずかしいと思うから、恥ずかしいんじゃないのさ」

 いや、それは違うだろうよ。ふつうに恥ずかしいだろう。ノーマルにハズいって。 

「小銭はなかったけど、お菓子みたいのがあったぞ。恭介、これ食うか」

 自販機の下に落ちていたお菓子を食うのかよ。なんか、涙がちょちょ切れてきた。

「なんだこれ、駄菓子かなあ」

 京香の手のひらに、平べったいビニール包みがある。飴かな。

 どれどれ。

 ちょっとつまんで、中身が腐ってないかどうか確認してみようか。ん、これ食い物じゃないぞ。

 て、ああーっ。

「これコンドームじゃん」しかも未使用の。

 この女子、よりによって、なんつうもん拾ってくるんだよ。天才か。

「うわああああ、な、な、なんじゃそりゃあ」

「なんでこんなもの拾ってくるんだよ、京香」

「知るかっ、食いモンかと思ったんだよ。このへんたい、バカ、ドスメタル、死ね死ね」

「いやいや、俺は悪くないだろうよ。京香が拾ってきたんだから」

 それよかドスメタルってなんだよ。意味がわからんぞ。

「いいから、それを早くどっかに捨てろよ」

 捨てようとしたら、すぐ傍におまわりさんがいるじゃんか。なんか、こっち見てるし。こんなもの、うかつに捨てられんぞ。

 と、とりあえずポケットに入れておこう。あとで捨てればいいんだ。

「お、おい、ちょっと待て。俺をおいていくなって」

 なんで早歩きで逃げてんだよ。京香と一緒じゃないと、俺は学校に行けないだろう。

「近寄るな、へんたい。わたしは、そんなに軽い女じゃないからな」

「だから、あれを拾ってきたのは京香じゃないか」

 なんで俺がヘンタイになってるんだよ。

「京香、おっはよー」

 女子高生がきた。京香と同じ制服だから、学校の友達かな。

「お、なになに、今日は男連れで登校ですか。しかも、他校の男子じゃないの。とうとう京香にも彼氏ができたか」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、なになに。素直に白状しなって」

 この女、食いついてくるな。それにしても、京香ほどではないけどまあまあ可愛いぞ。スカートが短くて、かばんは飾り物だらけで、ちょっとビッチ臭いけどな。

「きょうだいだよ、きょうだい」

「はあ?」

「だから、遠い親戚だったんだけども、ワケあってきょうだいになっちまったの」

 たぶん、その説明ではわからないと思うな。

「ええーっと、ということは、あなたはお兄さん、それとも弟」

「恭介、誕生日はいつ」

「五月の二十日」

「じゃあ、お兄ちゃんだ」

 そうか、俺は京香の兄なんだ。

「ねえねえ、京香のお兄さんはどこの学校。その制服、見たことないんだけど」

「わたしらと同じ高校で同学年だよ。転校してきたの」

「ええー、うっそー。だって制服違うとか、あり得なくね」

「うちに制服を買う余裕があると思うか」

「あは、それもそうね」

 納得してるよ。文谷家の経済事情が同級生まで知れ渡っている。有名かっ。

「ねえねえ、お兄さんはどうしてお兄さんになったの」

「どうしてって」そんなの、いま会ったばっかりのやつに言えるかよ。

「いろいろ事情があんのよ、うちは」ナイスフォローだ、京香。

 そうだよ、いろいろ貧乏な事情があるんだよ。

「ひょっとして、エッチな関係とかになってるの」

「そ、そんなことあるはずないだろう」

「そうだよ、ヘンなこと言うなよ」

「だよねえ」

 なんだよ、この女。変なことをズケズケと言いやがって。余計に意識しちゃうじゃないかよ。

「そんで、恭介さんは、クラスは何組なの」

「そうだ、恭介は、なに組なんだ」

「そ、それは俺も知らないよ」

 だって、まだ転校もしてないのに、知ってるわけないよな。

「これから決まるんじゃないのかな。とりあえず職員室に行かないとね」

 まあ、京香の言う通りだ。

「一緒のクラスになるといいね」

「お、おう」


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