第6話

 起きたら朝になっていた。

 なんだか、誰かの気配がしてきたので起きた。

「おはよう、恭介」

「お、おう」

 京香だ。

 朝っぱらからジャージ着てるけど、早朝ランニングか。

「わたし、これから新聞配達だから、あんたは寝てなよ」

「え、ああ」

 新聞配達のバイトしてるのか。

 そうだよな、この貧乏な家では働かざるもの食うべからずだよな。俺も、この家にお世話になるんだから、やるしかないか。

「手伝うよ」

「いらないよ。シロウトがなにするんだよ。かえって足手まといだって」

 京香の言う通りだ。

 俺、バイトなんてしたことないし、まして新聞を配達するにしてもなんにも知らないし。

「あんたはまだ寝てなよ。お母さんを起こさないようにな。低血圧だから、朝はダメなんだよ」

 京香、しっかりしてるな。

「じゃあ行ってくるから」

「う、うん」

 行っちゃった。

 女子が家のために朝早くから頑張っているのに、俺はなんにもできないや。せめて朝ごはんの支度でもでればいいんだけど、そんなのしたことないし。

 なんか悔しいけど、寝るしかないか。

「ふんぎゃっ」

 ウトウトしてたら、なにかが俺の顔を踏んだ。

「あ~」

 亜理紗だよ。起きたばっかりで、まだ寝ぼけてる。

「おはよお」

 お母さんも起きてきた。

「あ、ちょっと、そのう、ちゃんとしたほうがいいですよ」

「ああ?」

 パジャマのボタンが外れて、胸の谷間がモロ見えですって。しかも、あれえ、ブラしてないんじゃないか。

「恭介君、見たいのお」

「い、いや、べつに見たくないし」

「恭介君、吸いたいのう」

「吸いたかないわいっ。いいから早く着替えてくださいよ」

「ごはん~」

 亜理紗が朝ごはんをご所望だ。でも、お母さんの動きが遅いぞ。動物園のナマケモノに等しいな。低血圧、侮りがたしだ。

「ただいま」

 京香が帰ってきた。

「ああ腹へった。メシ食うか」

 京香、けっこう汗かいてる。さんざん走ったんだな。汗かいてるのに、いい匂いがするって、これなんの奇跡だ。

 やっべ。女子、やっべ。

「なんか、わたしについてるのか、恭介」

「いや、べつに」

 とりあえず、すっとぼけるしかない。

「亜理紗、顔洗っておいで」

「ん~」

「恭介、あんたも一緒にいってよ」

 亜理紗をつれて、幼女と連れ洗顔だ。

「亜理紗、みがいてやろうか」

「ひとりで~、できる~」

 へえ、こんな幼女でも台の上に乗って、しっかりと歯磨きしてるよ。

 まるで、お人形さんが歯磨きしてるみたいで、朝から縁起がいいぞ。

 そういえば、俺の歯ブラシがないんじゃないか。なにせ、この家には着の身着のままで来たからな。

「歯ブラシ、これ使ってよ」

 京香がやってきて歯ブラシを渡されたけど、これずいぶんと使いこんでるなあ。毛先がハの字になってるよ。どんだけの圧力をかけたんだ。パスカルに申し訳ないだろう。つか、思いっきり中古じゃないか。拾ってきたのか。

「それ、わたしのだから」

「え、そんなの悪いよ」

「いいっていいって。わたしは前に使っていたのがあるから」

 京香が自慢げに見せてくれているのは、ハンパなく毛羽立った歯ブラシだ。しかもだいぶ抜けていて、スッカスカじゃんか。それでは歯を磨けないだろう。エアーブラシではないか。

「ははは、余裕余裕」

 京香、それほとんど磨けてないって。

 申し訳ないし、昨日まで女子が愛用していた歯ブラシを使ってよいものなのかと考えたが、ここは有り難くもらっておくことにした。 

 しっかし、自分の歯ブラシを昨日まで知らなかった男に使わせるって、よく平気だよな。ひょっとして俺に気があるとか。

「ん?」

 いやいや、それはないな。たんにそのへんが鈍感なだけだろう。こいつ、めっちゃ可愛いけど、どこか致命的にぬけてる気がする。

 ま、とりあえず歯でも磨くか。

 う、なんか、ほんのりとフルーツの味がした。この歯ブラシ、イチゴの味がするよ。女子の味って、イチゴなのか。

 って、この歯磨きチューブ、子供用じゃないかよ。お子ちゃま用の味がついたやつだ。こんなの売ってるんだな。

「イチゴの味がするだろう。それ特売で安かったんだ」

「お~かずに~、なるの~」

 なるかよ。

 こんなの食ったら、腹の中がえらいきれいになってしまうじゃないか。

「さあ、メシだメシ」

 朝ご飯だ。そういえば、さすがに腹が減ったな。

 メニューは何かな。ハムエッグにトースト、なんてことはありえねーよな、この家じゃ。

「そ~めん~」

 うわあ、朝からそうめんだよ。早朝そうめんだ。これはちょっときびしいぞ。

「恭介、つゆは30ccまでだぞ」

 しかも、入水制限付きだ。

「恭介君、ネギはたくさんあるからね」

 ネギだけは、山のようにあるな。どんぶりにてんこ盛り、チョモランマ盛りだ。

 野菜ってけっこう高いんだから、こんなのよりも、ふつうにタマゴでも買えよな。

「新鮮だからな。なんせ、いま採ってきたばかりよ」

「畑でもあるのか、ここ」

 狭い敷地にギリギリの家だと思ったけど、畑で野菜を栽培してるんだな。  

「新聞配達の途中で毟ってきたんだ」

 それは、よそ様から盗んできたということか。

「他人の畑から採ったらマズいだろう」

 いくら貧乏だからって、ドロボーはダメだ。

「大丈夫大丈夫。道ばたに生えてるやつだから」

 ええー、その辺の道路にネギ生えてんのかよ。

「知らなかったでしょう、恭介君。ネギだけじゃないのよ。ニラやアスパラ、カボチャだって生えてるんだから」

 知らねえよ、そんなこと。 

 え、でも、道端の草とういうことは。

「あのあのう、犬のオシッコとか大丈夫ですか」

 汚染度が気になります。

「ああ、全然だよ。電柱近辺は避けてるし。でもまえにニラ採ってて犬のウンチが手についたことがあったっけ」

 メシ時にする話じゃないだろう、JK。

「ちゃんと洗っているから心配ありません」

 ですよねえ、お母さん。それじゃあいただきます。

「いただきま~す~」

 そういうわけで、朝からそうめんです。

「どうだ恭介、朝からそうめんはイケるだろう」

「うまい。けっこう喉ごしがいい」

 道ばたネギも辛くなくて美味しいぞ。しかし、三十ccしかつゆがないのは微妙だな。やっぱ水で薄めるしかないでしょう。

「う、うすい」

 味がしねえ。これはきびしいな。まあでも麺つゆがダメなら、しょう油があるじゃないですか。

「我が家は、そうめんにしょう油は禁止だから」

 キビシイッ。

「ね~ぎ~、もっと~」

 亜理紗がネギをご所望だ。よし、たっぷりと盛ってやるぞ。

 ほ~れ、どうよ、このメガ盛りは。ラーメン知郎でもここまでやらないぞ。

「おい~し~い~」

 女児が懸命にネギ食ってるよ。メシをかっ込むように、ネギを食ってるって。おまえはウサギかっ。可愛いのにも、ほどがあるぞ。

「ごちそうさま。さあ恭介、学校に行くぞ」

「あ、うん。ところで、俺はどうしたらいいんだ」

「手続きは済んでいるようだから、とりあえず京香と一緒に登校して。それと、この書類を持っていって先生に渡してね」

「はい」



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