第3話

「ここが我が家の居間よ」

 せ、狭い。

 居間というより、ふつうに部屋だろう。六畳間くらいか。しかも、こたつの机がぽつんとあるだけで、じつに寂しい感じだ。装飾品のたぐいが一つもない。

 これがシンプル・イズ・ベストというやつか。

 おお、このテレビが、なんだか変だぞ。ひょっとしてブラウン管とかいうヤツじゃないのかな。あはは、アンテナが上に乗っかっているよ。それにしてもちっさいなあ。アニメで見たな、これは。まるこだ、まるこの家だ。

「なんだよ、そんなにテレビがめずらしいのか。あんたんち、よっぽど金なかったんだなあ」

「これ、京香、そういうことを言っちゃだめよ。事情があるんだから」

「ああ、ごめんごめん」

 勝ち誇った顔しているが、それは違うぞ京香。おまえのほうが、世の中の進歩をわかっていないんだよ。

「さあさあ、ご飯にしましょう」

 さっき食べたばかりなのに、もう晩飯か。まあでも、とりあえずこの家の流儀には従わなければならないな。

「ねえ、このひと~、だあれ」

 おっと、ここで突然の幼女だ。小さな女の子の登場だよ。

 やっべ。

 すんごい可愛いぞ。めっちゃ可愛いくて、即日誘拐するレベルだ。人形っていうかフィギュアっていうか、これ、その辺の道を歩いていたら、ロリコンホイホイだろう。逮捕者続出だ。

「この子は亜理紗。妹だ。小学一年生だよ」

 へえ、妹かよ。まあ、よくみりゃあ、姉妹で似てる顔だもんな。

「恭介君、小さい子供は好きですか」

「はい、ぜんぜん大丈夫ですし、亜理紗ちゃんは可愛いです」

「おい、ロリコン。妹にヘンなことしたら、ぶっ潰すからな」

 ギューって、思いっきり手を握ってるけど、いったいどこを潰すことを想定しているんだよ。可愛い顔して、あぶないぞ、こいつは。

「この~ひと、にく~」

 うっひょー。スローな言い方が可愛すぎて泣ける。

 微妙にあってるけど、なんか違うぞ。亜理紗、もう一歩行こうか。

「このひと~、おいしいの~」

 惜しいな。おいしいの意味がいろいろあるからな。ミート的な感じだと、ちょっとヤバいかな。ゾンビが言いそうな感じだ。あいつら、人肉が好きだからな。

 京香と亜理紗と俺が、小さな食卓についたよ。まんま、まるこのアニメだな。台所でジュージュー音がしているから、お母さんが晩ご飯をつくっているようだ。

「はい、ご飯できたよ」

「わーい、メシだ、メシ」

 お母さんが台所からやってきたよ。

 うっわ、なんじゃこりゃ。デッカいフライパンに、山盛りの焼きそばがきたぞ。

「文谷家特製の塩焼きそばよ」

「お母さんの塩焼きそばは、塩の味してうめえんだよ」

 お母さんが、塩焼きそばを皿に取り分けてくれてるよ。

 にしても、大量のモヤシがマシマシだな。たぶん、麺の倍以上モヤシが入っている感じだ。

「あ、俺は少しでいいです」

「遠慮するなよ。あんたが食わないと、なんだか食いづらいだろう」

「俺、さっきコンビニで弁当食ったんで」

「なにっ」

「べ、弁当って、お金を出して買うお弁当のことなの、恭介君」

「そうです。さっき牛ロース弁当をおごってもらったんで」

 ん、

 うおー。

 もの凄い眼力で睨んでる。京香とその母親が、まるで新宿ヤクザな、そしてホオジロザメのシャーク的な目でメッチャ見てるよ。なんかマズいことしたのかよ、俺。

「ぎゅ、ぎゅーーー、ろーすステーーキ弁当だとお」

「恭介君恭介君、我が家でその言葉は禁句よ、禁句。それは封印された呪いの言葉なの。ナマンダブナマンダブ、エロイムエッサエム我は求め訴えるたり、ンゴオオオ」

「すて~きって、おいしいの~」

「見ちゃダメ、聞いちゃダメ、触っちゃダメ」

 お母さんが必死になって亜理紗の耳を塞いでるよ。小さなお耳に人差し指を突っ込んで、魔よけの呪文をつぶやいてる。

「さあ、それでは食べましょう。ステー、なんとかのことは忘れましょうね」

「そうだよな。す、す、ステーなんとかって、そんなもん食ったら祟られるわ。テレビの井戸から女が出てくるってよ。とにかく、お母さんの塩焼きそばが一番だっつうの」

 京香はモヤシいっぱいの塩焼きそばをチュルチュルしながら、アサシンの目で俺をポイントしている。ゴ〇ゴ13か、おまえは。コエ~よ。

 どうやら俺は、この家でのタブーにふれてしまったようだ。とりあえず焼きそばを食うか。それで、この一家の一員となろう。

 うっ。

 こ、この塩焼きそば、塩の味しかしねえ。

 それにモヤシの量が倍と言ったが、あれはウソだ。

 ほとんどモヤシだ。モヤシ八に対して麵が二だ。ごくたま~に、鼻くそみたいのがあるけど、これはなんじゃらほい。

「あら~、恭介君、大当たり~」

「なにーっ」

 京香が奇声をあげながら、俺が箸でつまんでいる鼻くそ状なモノにガンを飛ばしている。怖いんだけど、よく見ると、ほんと可愛いな、こいつ。

「それ、挽肉です。味わって食べてね」

 ええーっ。

 挽肉って、もっとたくさん入っているもんじゃないの。これは孤独すぎるだろう。挽肉界のぼっちじゃないか。

「ずるいよ。こいつはステーキ弁当食ったのに、なんで挽肉を引き当てるんだよ。神様は不公平だよ、ぐずん」

 泣くなよ京香、なんで挽肉の破片一つでそんな涙目になれるんだよ。

「ぐやじい、ぐやじいよ」

「よ、よかったら、あげるよ」

 これを食ったら、あとでタタられそうだからな。俺、たいして腹へってないし。

「え、ほんとにいいの」

 俺の箸がつまんでいた肉片を、パクリと食ったよ。使用済みの俺の箸を気にもせずに食った。女子って、案外大胆だな。俺なんか、恥ずかしくて、そんなことできないよ。

 それにしても、いい笑顔で食うよなあ。

 そういえば、こんな間近で女の子が飯食うところ初めて見たよ。

「それえ、おいしいの~」

 うっ。

 超絶ロリ幼女が物欲しげな顔して俺を見ているぞ。

 わたしにもプリーズ的な雰囲気に満ち満ちてるな。これは、期待にこたえなければ男じゃないでしょう。

 だがしかし、しょせんは文谷家のロンリーな挽肉野郎。次のやつが、なかなか見つからんぞ。絶滅危惧種かっ。

「おっと」

 見逃すとこだった。ここに一つあるじゃないか。

「じゃあ、亜理紗ちゃん。あ~ん」

「あ~ん」

 しっかし、育ち盛りの幼女にモヤシばっかりってのもなあ。ある意味、虐待のような気もする。

「ほい」

 パクッて、食いついたよ。

「おい~しいな~」

 い、いやされる。

 幼女の笑顔が、亜理紗の微笑があったかい。なんだよ、このほっこり感は。ああ、そうか。俺って、いっつも一人で飯食ってたっけ。

「恭介」

「ん、なに」

「おまえ、いい奴だな」

 お、俺っていい奴なのか。初めて知った。

「腹へってないんだったら、あんたの分、全部食っていいか」

「お、おう」

 食ってるよ。

 モヤシ色の、塩だけ味のロンリー挽肉焼きそばを。

 亜理紗もけっこう食うなあ。お母さん、ダイヤモンド並みの希少価値がある挽肉君を見つけては、亜理紗に食べさせている。京香も、モヤシから麺を引き剥がして妹に食べさせてるよ。自分はモヤシばっかりだ。

 おまえのほうこそいい奴じゃないか。ホント、可愛い顔していいお姉さんだよ。

 って、おおーっ。

 いまさらながら重大な事実につきあたったぞ。このつつましやかな食卓を見て、ビビッときた。

 この家、すんげえ貧乏なんじゃないのか。

 そうだ、そうだよ。どう考えても、絶対貧乏だよ。それも、けっこう深いぞ。チャレンジャー海溝なみのディープな貧乏さだ。

「あのあの」

「なにかしら、恭介君」

「なんだよ。いまさら食いたいって言っても、もう残ってないぞ」

「ここって、貧乏なんですか」

 ヤバッ。

 いきおいで言っちゃった。お母さんも京香も、亜理紗まで食うのをやめて俺を見てるぞ。めっちゃ見てる。これは琴線に触れちまったか。つ、追放されるかな。

「そんなのあったりまえじゃん」

「恭介君、寂しさには負けても、貧乏に負けちゃダメよ」

「べんぼーって、おいしいの~」

 まったく気にしてねえ。

 これっぽッちも気にしてねえ。

 なんじゃこりゃ。貧乏そっちのけで、鬼のように焼きそば食ってるよ。

「ああ、食った食った」

「今日の味付けもバッチリだったね」

「ごちそーさま~」

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