第2話
「ねえねえ、着いたよ。ここでしょう」
「え、なにが」
なんだよ。せっかくいい気持ちで寝ていたのに起こすなよ。こっちは疲れてるんだからさあ。
「だから、紙に書いていた住所。ナビはここだっていってるよ」
そ、そうだった。ここに俺を引き取ってくれる、遠すぎた親戚がいるんだった。
「そう、じゃあここでお別れね。私の顔は忘れてね。アディオス」
おばさん、俺が車を降りると同時にアクセル全開だった。お別れというより、逃走に近いぞ。イニシャルなんとかばりに、ドリフトしていった。
まあいいか。ええーっと、その親戚の家ってのは、これか。
「えーっ」
って、なんだよこの家は。つか、家かこれ。物置なんじゃね。
一階建て一軒家だけど、すんごいちっさいぞ。形も古くさいっていうか単純っていうか、ゴキを捕まえるあの箱にそっくりだ。しかも、なんだか全体的に錆びついてないか。ふつう、家って錆びるのか。チャリは錆びても、家は錆びないんじゃね。
ちょっと触ってみるか。
ありゃあ、壁が鉄板だよ。鉄板の家ってなんだそれ。もんじゃが焼けちゃうじゃないかよ。
ああー、鉄板に触ればボロボロと剥がれてくるよ。しっかし、錆ってこんなにも脆くなるんだな。ほとんど紙だって。
「あっ」て、やっちまったよ。
指で押したら、ズボッて穴開いちゃった。どうしよう。
ま、いいか。内壁まで貫通していないみたいだし、あとでドロでも詰めとけばいいだろう。アフリカの家では、そうしてるし。
「ちょっと、あんた、この家でなにやっているのよ。ドロボウか」
「うわあ、だ、誰よ」
べ、べっくらしたー。
女の子がすぐ後ろにいた。セーラー服を着ているということは、女子中学生か俺と同じ高校生か。それともコスプレ趣味か。
眼光鋭く、見た感じは中学生にもコスプレにも見えないから、たぶん女子高生だろう。JKだ。それにちょっといい顔している。性格はキツそうだけど、なかなかいい線だ。はっきりいって美形だ、うんうん。
え、めっちゃ可愛いぞ。
「あんたこそ誰よ」
「お、俺はただの男子高校生だよ」
「ウソだ。だって、その制服見たことない。どこの高校さ」
自分が通っている高校名を言ってみた。
「遠っ。そんな遠くからきてドロボウしてるのか。ってか、それ遺骨じゃん。遺骨ドロかよ。返せよ」
「違う違う。俺はここの家のモノだからなんにも怪しくないんだ。ってか、この家で誰か死んだのかよ」
厳密には、この瞬間からこの家の者になるのだけど、まあ、こまけえことはいいんだよっということで。
「この家のモンって、ここわたしンちなんだけど」
えー、このボロ家に女子高生が棲みついていたのか。
「あんたのことなんか知らないし、知る由もないのにどういうこと。ちょっとお母さん」
おいおい、いきなりお母さんかよ。家に入っちゃったし。なんか、これは気まずいぞ。
「ドロボウがきてるよ」
ドロボウと、ちげえし。
「なになに、なんなのもう。うちなんかにドロボウさんが来るわけないじゃないの」
お母さんがでてきたよ。いかにもおばちゃんかと思いきや、意外に若いぞ。この女子高生と顔が似ているから、けっこう美人じゃん。
美熟女、いけますか。
「あら、ええっと、男の子のドロボウさん」
「ドロボウではありません。今日からこちらでお世話になる者です。遠い親戚らしいのですが、以後よろしくお願いします」
俺の事は、あの怖いオジサンから連絡がいっているはずだ。
だがしかし、お母さんは遠くの空を見てボーっとしていた。
「スーパー激安次郎のお肉が高くなって、あれじゃあ買えないわねえ。どうしましょう」
聞いてないぞ、この母さん。俺の話をぜんぜん聞いてない。
「ゾンゲリア共和国産のお肉が安かったのに」
「マジかよ。また肉なしの日が続くのか」
肉が食えなくて、女子高生も落ち込んでいる。俺の存在無視かよ。
そもそもゾンゲリア共和国って、そんなバイオハザードっぽい国が地球上にあんのかよ。ゾンビ肉じゃないのか、それ。
「あ、あのう。今日からこの家でお世話になりますことで、いいでしょうか」
とりあえず俺は、この人たちにお世話にならなければならないんだよな。とても貧乏そうで気乗りはしないが、行くところがないので仕方がないんだ。
「え、あ、そうねえ」
「お母さん、どういうことだよ」
「なんかねえ、さっき連絡があってね、遠い親戚の男の子がうちの子になるみたいなことを言われたの」
「えー、聞いてないよ。うちさあ、ただでさえ貧乏なのに、もう一人増えたら食費がなくなっちゃうじゃないか」
女子高生が不機嫌だ。なんだか、切実に貧乏なのだろうか。
「しょうがないでしょう。親戚なんだしねえ。あらまあ、その遺骨はご両親のでしょう。大変だったわねえ。とにかく中におはいりなさい」
「え、あ、はい」
どうやら許可がおりたようだ。これで俺は、この家に住むことができる。とりあえずよかったとするべきだろう。
「ご飯は、わたしのはわたしのだからね」
この女子の言っていることの意味がわからないが、ご飯のことをいっているのなら、俺の分は大丈夫だ。さっき弁当食ったばかりだからな、JK。
「あんた、名前は」
「佐々木恭介」
「わたし、文谷京香。お母さんは、お母さん」
あのお母さんは、お母さんと呼べということか。わかりやすいようなそうでないような。そもそも俺はこの家の者になるのだから、お母さんでいいのか。お母さんは死んでしまったのに、さっそくお母さんと呼ぶのか。なんだか頭がおかしくなりそうだ。
え、待てよ。とすると、この女子とは兄妹ということになるのか。いや姉かもしれないけど。
「ああー、ちょっとお母さん。大変なことに気づいたわ。この男子、ひょっとしてわたしの弟になるんじゃね。または兄貴か」気づいたか。
「まあ、そういうことになるかしらねえ。それと恭介君はうちの養子になったから、苗字が佐々木から文谷にかわるよ」
このお母さんは、いい人なのか悪い女のかイマイチわからないな。
とにかく、二人の後に続いて家の中に入った。ひどく古そうな下駄箱が目につき、ついでに、そのすき間からちょこっと顔を出している巨大な蜘蛛を見て、即死してもいいと思ったさ。
「た、た、たあ、たいへんだ。タランチュラがいる」
俺は大声で喚いた。蜘蛛は死ぬほど嫌いなんだよ。
「え、なに、タランティーノがどうしたって」
俺は玄関にあったサンダルを持って、それを叩き潰そうとした。
「ああ、それは軍曹さんよ。うちで働いてもらっているの」母さんが振り向いて言った。
「はあ?」
振り上げた手を、そのままの状態にしていた。振り下ろしていいのかどうか、ためらってしまった。
軍曹さんと呼ばれた蜘蛛は、なんだか気恥ずかしそうに、こちらを見上げていた。
「あ、ばか、なにすんだよ。アシダカ軍曹さんじゃないかよ。ゴキブリ退治の師匠なんだから、潰したりしたら、あんたをシメるぞ」
京香という女子高生に怒られてしまったことよりも、アシダカグモにゴキブリを退治してもらわなければならないこの家の害虫事情が心配で、胃が痛くなった。
「ほら、そんなところで遠慮してないで、入って入って。今日からは恭介君の家なんだから」
そうなのだ。今日からここが俺の家だ。巨大蜘蛛ごときにビビッていられないんだ。
「軍曹殿に敬礼!」
お母さんがそう叫ぶと、京香が直立不動の姿勢で敬礼してるよ。つられて、俺まで敬礼してしまった。どこの米軍なんだよ、ここは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます