第2話 ヨウトームンムンは99個の口を持っていた

(えっ、イチゴ? イチゴってなんだ?)


そう思っていると、ちゃんの短剣は長剣となり、いきなりゾンビの首を斬り飛ばした。その切り口に右手を差し入れて、何かをまさぐっている。

 

「これですよ、これ」と取り出したのは、まだ脈打っているゾンビの心臓だった。


「この中にイチゴが入っているんですよ。普通は3個ほど入っているのですが、ゾンビは最低ランクのバケモノなので、一つしか入っていません」


そう言って、ちゃんは心臓を引きちぎり、その中から真っ赤なイチゴを取り出した。


「これが僕たちのステータスを上げてくれるアイテムなんですよ」


きゅんが「それ欲しい。私が食べる」と言ったので、ちゃんは黙ってイチゴを差し出した。


きゅんは大きく口を開けてイチゴを放り込んだ。


「これで、またステータスが上がるわ」と喜んでいた。


(まるでゲームの世界ね。そうか、私たちはゲームの世界という異空間に飛ばされてきたのかもしれないわ。ということは、この世界の創造者がいるっていうことよね)


とりあえず、これで一匹目のバケモノは片付いた。


「次のバケモノはどんなやつなのかしら」


きゅんが解説してくれた。

「ナンバーフォーはヨウトームンムンよ。99個の口を持っている変態よ」


「口癖は『巨大ないちもつしゃぶらせてやるぜー。マンマン大好きやでー』よ。マジで、あれのことしか考えていない最低の奴よ。お姉さんたちは魅力的だから気をつけた方がいいわ」


ちゃんが付け加えた。

「それとね、奴は刀を持っています。


『一度抜いたら血を見ないと鞘におさまらない人食い刀』の異名を持つ血に飢えた妖刀をね。変態と殺人鬼が融合したようなバケモノがヨウトームンムンなのです」


「ほぉ、面白そうですね。口が99個もあるのですか? 顔の中におさまりきれますか?」


「いえ、顔だけではなく、体全体に口が広がっています。でも、すごく小さな口です」


「小さな口なの? それで肉体を食いちぎれるのですか」と今日子が心配そうな、いや、面白そうな顔をして訊いた。


「いや、あの小さな口では肉片は嚙みちぎれないですが、そもそも、口は食べるものではなく、吸うものになっています」


「吸うってなによ」


「舌ですよ。口から舌が長く伸び、それを体内にもぐりこませて血や体液をすするわけです。しかも、奴のいちもつが相手のあそこを貫いた状態で」


「それでね」ときゅんが顔をすこし紅潮させながら言った。


「奴は『命が尽きようとするその断末魔のときにこそ生命力が絞り出されるのじゃー』と絶頂感を堪能した後に、妖刀を突き刺して、血と体液を一滴残らず吸い取ってゆくのよ」


「ふーん」と感嘆とも侮蔑ともつかないため息を吐きながら京太郎が言った。


「それで、その舌はどれぐらいの長さなんですか?」


「およそ3メートルぐらいだと思います」


「なるほど、かなり胸糞の悪いバケモノですね。では、切り刻んで血反吐をはかせながら地獄に送ってやりましょう。で、奴はどこにいるのですか?」


ちゃんが言った。


「彼はいつも村はずれの荒野を徘徊しています。そこでアシダカグモのように、通りかかる女性を待っています。実際、彼に襲われた人は蜘蛛に消化液を注入されて体液を吸い尽くされた獲物のように、干からびた死体になり果てます」


そこで、二人の魔導士と三人の忍者は、ヨウトームンムンを探すために村はずれの荒野に赴いた。


見ると、さっそく奇妙ないでたちでうろついているモノをみつけた。


そのモノは、まるで侍のような着流し姿で刀を差していた。


間違いない。

こいつはヨウトームンムンだ。


京太郎はみんなに言った。


「こいつは僕が倒します。一切の助力をお断りします。僕が切り刻んで路上のゴミにしてやります」


(ふっふっふ)と京太郎は上機嫌だった。


(ようやく藤林忍法の奥儀、秘剣天狗丸を試せる機会が到来したか。ここでは斬り捨て御免でも警察に逮捕されることはない。まさに、理想的な環境だ)


ヨウトームンムンは近づいてくる京太郎をチラッと見たが、(なんだ男か)という風情でそっぽをむいたまま、相変わらず、ふらふらと徘徊している。


京太郎はいきなり忍刀を抜刀した。


その光り輝く太刀を見て、おもわずヨウトームンムンが、否、人食い刀が反応した。


「お前はサムライか?」


(おお、こんな魔界ランドでもサムライという言葉が用いられているのか?)


京太郎はビックリしたが。


「僕は、いや、拙者はサムライだ。いざ、尋常に勝負せよ!」と八双に構えた。


ヨウトームンムンは顔中の口を開けて喜んでいるように見えたが、口が小さすぎて笑っているのか、ただ空いているだけなのかの判断がつかない。


エネルギーが充填された京太郎は通常時の10倍の力を発揮できる。


京太郎は、少し助走をつけて上に飛び上がった。


これが秘剣天狗丸の初手だ。


ヨウトームンムンの口々からヌルヌルヌルと舌が幾つも伸びてきたが京太郎のところまでは届かない。


(ふうむ、やはりちゃんの言った通りだ。舌の長さは3メートルか)


そうつぶやくと京太郎は再度、高く飛び上がり、懐から丸い玉をふたつ取り出した。


それは、忍者の武器で、通称煙玉けむりだまというものだが、もちろん、煙が詰まっているわけではない。


中身は激辛唐辛子の粉だ。


これを敵にぶつけて視覚を奪い、その間に逃走するという投擲弾とうてきだんだ。


煙玉は破裂し、唐辛子の粉が舌に降りかかる。


(うわっ、辛ぇぇぇぇぇ)ともがくヨウトームンムンの足元に着地した京太郎は身を縮こまらせて、地を這うような低い姿勢から刀を払い、ヨウトームンムンの両足を斬り飛ばした。


この上下の緩急こそが、地味に見えるが実践的な秘剣天狗丸である。


後で聞いた話だが、今日子の霊視では足にだけ口はついていなかったらしい。


もし、足に口が生えていたなら、天狗丸は舌に邪魔されて成立していなかったかもしれない。


「うぉぉぉぉぉ」


足を切断されたヨウトームンムンは最初は、逆立ちになって両手を使い京太郎に迫ってきたが、途中から四つん這いになった。


巨根を第三の足として使って、異常なスピードで京太郎に向かってきた。


京太郎は射程距離3メートルを保持しながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。


今度は懐からくないを取り出した。


これには、毒がたっぷりと塗られている。


そのくないをヨウトームンムンの右手に撃ち込んだ。


右手の口から吐き出されている舌の動きがラリルレロになっている。


さすが、生物界でも多用されている毒の威力は絶大だ。


それでもヨウトームンムンは左手と巨根を使って、ジャンプして京太郎に襲いかかってきた。


いい根性をしている。


だが、その態勢は無理筋だ。


京太郎は伸びてくる舌をものともせず、忍刀を一閃してヨウトームンムンの首をはねた。


すぐさま、ちゃんときゅんがかけつけて、持っていた杖で首を斬り落とされて血が噴き出ている胴体を打ち据えた。


すると、首がなくても、まだビクビクと蠢いている胴体の動きがピタッと止んだ。


そして、立ったままの首の切り口から、いつものように片手を突っ込んでドックンドックンと脈打っている心臓をつかみだし、それを切り裂いた。


「見て」ときゅんが嬉しそうに叫んだ。


「イチゴが二つ入っている。これでお兄ちゃんと一個ずつ分け合えるわ」


心の臓が抜き取られると首なし胴体はたまらずドウッと崩れ落ちた。


横たわった胴体から口がなくなり始めた。


斬り飛ばされた頭からもすでに口が消え去りつつある。


同時に、頭と胴体から白いタケノコのようなものが出てきて、やがて、もやを吐くように消えて行った。


今日子が言った。


「このタケノコのように出てきた白いものは、食べられた人たちの魂なんじゃないかしら」


「そうよね」と恭美も同じように感じていた。


「99個の口って、食べられた人たち99人の口よね」。


その口もなくなって、ヨウトームンムンの顔には切れ長の大きな目しか残されていなかった。


ヨウトームンムンの顔はのっぺらぼうのようになっていた。


そして、人食い刀もボロボロになって崩れてゆき、やがて、破片が風に吹かれてちりぢりに飛ばされて行った。


「次のナンバースリーのバケモノはうずまきクネクネです。蛇という人もおり、いや、葬られた人を掘り出して食らう千年もの歳を経た鴉だという人もおります」

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