五、わたしの正義

 それを見ると、ミサキは声を上げてその場に泣き崩れた。

 ナオキはそんな姉を立たせると、力いっぱい手を引き、歩かせた。


 ミサキは歩きながらようやく決心した。


 私は生き延びなければ…。そしてこのことを後世に伝えなければならない。


 彼女は足取りは確かなものになり、弟から荷物を受け取ると、自分の力でずんずん歩き始めた。


 外に出ると出遅れた避難民たちがまだちらほらと歩いているのが見えた。

 ちょうど今、ヴァンラスたちの攻撃が小休止に入ったようで、このタイミングで移動を開始した人たちが複数いたのだ。


 道の前方に見慣れた姿を発見し、ミサキは走り寄った。


 友人のカオルとサキコだった。

 彼女らはミサキの顔を見ると驚いている様子だった。


「あれ? まだ避難してなかったの?」


「うん、いろいろあって。カオルとサキコこそ、まだここにいたの?」


「私ら、配給のボランティアをしてたんだ。ギリギリまで頑張っていたんだけど、もうここはやばいって聞いて…」


「そうだったの…」


 ミサキはこの親友二人が何をしているのかずっと知らずにいたことを恥じた。

 自分はずっとケイプリアンのことばかり考えていて、この世界の人々のことをすっかり忘れてしまっていたのだ。


「カオルさんにサキコさん。避難先は決まっているんですか?」


 ナオキが口を挟んだ。


「それが、私達はB-5って言われてるんだよ」


 サキコが不満そうに言った。そこはそこは各地にある避難所の中でも特に治安が悪いと噂されている地区だった。

 もちろんシェルターではないのでまるで安全とは言えない場所だ。


「ねえ、ナオキ」


 ミサキが言うと、ナオキは姉の要望を理解したようで頷くと、周りの人に聞こえないようにそっとサキコたちの耳元にこう言った。


「僕がシェルターへの入居を手配できます。姉と一緒に来てください」


「まじで!? あんた最高!」


 カオルがヒソヒソ声で言いながらナオキの頬にキスをした。

 ナオキは耳まで真っ赤になりながら、「じゃあ僕についてきてください」と言った。


 彼らは街を抜けて、やがて元々牧場だった草地へと来た。

 ここから先の丘を越えると目指すシェルターがある。


 街を抜けるのに手こずってしまって、空はもう白み始めていた。

 早くしないとヴァンラスたちの活動が再開してしまう。


 速足で彼らは進んだ。


 丘の頂上の一本松のところまで来ると、カオルが少し休憩したいと言い出した。

 本来ならば一刻も早くシェルターに到着したいところであったが、全員の足は棒のようだった。


 軽く水分とカロリーを補給しようと立ち止まったところで、あの女が現れた。


 黒いボディースーツに鳥のような仮面。


 ミラミラ…冷血のヴァンラスだ。


「これはこれは、ご一行さま。お急ぎでどちらへ?」


 ミラミラは気味が悪いほどに丁寧な雰囲気で話しかけてきた。


 これには全員が恐怖し、彼らはお互いにしがみつきながら一塊となった。


 それは狼に狙われた羊のようだった。


 ミラミラは手に持っているムチでビシッと空を切り、威嚇してきた。

 そして、目にも止まらぬ素早い動きで突撃したかと思うと、たちまち一行のうちの一人を捕獲し抱え上げ片腕で羽交い絞めにしてしまった。


 捉えられたのはカオルだった。

 カオルはあまりの恐怖に声を出すこともできずに怯えた表情でこちらを見ていた。


 ミサキは、自分にしがみついてくるサキコとナオキをどうにかその場に座らせて、自分は立ち上がると、勇敢にもミラミラに向かって行こうと一歩足を踏み出した。


 それと同時にミラミラのムチがヒュンと音を立てて飛んで来て、ミサキの頬を切った。

 それでもミサキは怯まなかった。


「ミラミラ、私の友達を離して!」


「黙れ小娘。馴れ馴れしく私の名を呼ぶな。よくも我が兄を垂らしこんでくれたな。あいつは完全にイカレてしまった。お前のせいだ」


「それとカオルは関係ないでしょう? やるなら私にして!」


 その申し出に、仮面の下から覗く口元がにやりと笑ったのが見えた。


「残念ならがお前には手を出すなと言われているからね。あのバカ兄に。あんな奴と交わした契約だが、契約は契約だ。私は契約違反はしないのだ」


 …何を言っているんだ、この女…。やはりヴァンラスはみんな頭がおかしいのか…とミサキは思った。


「お喋りはここまでだよ。見てな」


 そういうとミラミラはカオルの首筋にかぶりついた。


 そこにいる人間たちは同時に叫び声をあげ、ミサキはミラミラに飛びついた。


 だが、彼女の強靭な足に蹴り飛ばされて、ミサキは後方に吹っ飛んでしまった。


 噛みつかれているカオルは叫び続けていた。


 ナオキも立ち上がると果敢にミラミラに向かって行ったがやはりミサキ同様蹴り飛ばされてしまった。


 ミサキはカオルが今感じている痛みを知っていた。

 恐怖の中であの痛みを受けたら…カオルの精神は破壊されてしまう!!!


 ミサキがもう一度ミラミラの方へと駆け寄ろうとした時、ボキボキバリバリととても不快な音がした。


 見ると、ミラミラがカオルの首をバリバリとかみ砕いているではないか。

 傷口から血液が噴水のように吹きだして、これではカオルが死んでしまう、とミサキは思った。


 カオルはあまりの痛みに気を失ってしまったのか、叫ぶのをやめていた。


 ミサキはそのカオルの顔を見てようやく気が付いた。


 カオルの目は見開かれたまま、上を向いていた。


 死んでいる。


 カオルは死んでいた。


 かみ砕かれた首が異様な角度に曲がっていた。

 今にも千切れそうだ。


 ミサキは、ぎゃぁぁああっと叫んだが、急に吐き気をもよおして、地面に胃の中のもの吐いた。


 そうして吐いていると、何者かが飛んで来てミサキとミラミラの間に割って入った。


 ケイプリアンだった。


「てめぇ…俺のもんに手を出すなって言っただろう?」


「お前の女には手を出してないぞ」


 血まみれの口元をカオルから離しながらミラミラが言った。

 ミラミラはペロリと舌なめずりをした。

 それを見ながら、ミサキはヴァンラスたちが着けている仮面がなぜ顔の上半分しか隠していないのかを悟るのだった。


 それを考えるとまた吐いてしまった。


「ミサキの顔から血、出てるじゃないか、それに吐いているし」


 ケイプリアンがミサキを指さしながら言った。


「ケイくん…私は大丈夫。でも、その人、私の友達を殺しちゃった…」


「ミラミラが持っているやつ、ミサキちゃんの友達なの?」


 ケイプリアンは振り向きながら確認してきた。ミサキが頷くと、ケイプリアンはすごい勢いでミラミラへ突進すると、彼女の腕を掴んだ。


「てめぇは、ミサキの友達食ってんじゃねぇよ」


「契約の対象はその女だけだろう? ああ、でも悪かったな。ちょっと脅すつもりだったんだが、ウマすぎてさ…。………おい、お前たち」


 ミラミラはケイプリアンとの会話を止め、急にミサキたちの方へ声をかけてきた。


「我々は命は粗末にしない。必要以上には殺さないし、命をいただいたら、しっかり全て食う。こいつも、私がしかと最後まで責任をもって食ってやる。それでこいつも浮かばれるだろう」


 ここでケイプリアンが殴りかかったがミラミラはそれを避け、さらに言葉をつづけた。


「ケイプリアン。最後まで言わせろ。……私はお前たちがやっていることを許さない。お前たちがやっていることは命をもてあそぶことだ。命への冒涜だ。私はお前たちを根絶やしにするまで食い尽くしてやるからな。わかったか? じゃあ、こいつの肉が死ぬまえに食いたいから私はいくぞ」


 そう言ってミラミラはカオルを抱えたまま、超人的な脚力でジャンプすると、その場を飛び去った。

 彼女が飛び去る反動でかろうじて繋がっていたカオルの首が体が千切れてしまったが、ミラミラがすばやくそれを片手でキャッチし一緒に持って行ってしまった。

 幸いなことにカオルの顔はこちらに向いていなかったので、ミサキにはそれがただの毛の塊にように見えた。


 ミサキは茫然とその場にへたり込み、もう何も感じなくなってしまっていた。

 たった今、目の前で繰り広げられたことが、ミサキの許容範囲の限界を超えてしまったのだ。


 ケイプリアンは一瞬ミラミラを追って行こうとしたが、ミサキの様子に気が付いて、彼女の元へと戻って来た。


「ミサキちゃん、大丈夫?」


 ミサキは顔をあげてケイプリアンを見た。


 彼は仮面をつけていた。

 普段とは違う民族衣装のようなヴァンラスの軍服を着ている。


「全然大丈夫じゃない…」


 そう言ってミサキは泣き始めた。


 ケイプリアンはミサキの頬の傷から流れる血液と涙を親指で拭き取ると、それをペロリと舐めた。


 それで急にミサキは現実に引き戻されて、ケイプリアンが失った方の腕から再びひどく出血しているのに気が付いた。

 ケイプリアンこそ満身創痍ではないか。


 ケイプリアンはいい方の手でミサキの手を握ると言った。


「これが本当に最後かもな。最後の俺の戦いだ」


 そう言っている間ずっと、ケイプリアンの親指はミサキの手首を優しく撫でていた。

 前に噛んだ傷跡のところだ。


 ミサキはケイプリアンの望みを察して、彼に自分の手首を差し出した。


 ケイプリアンはミサキの手首に口づけをすると、ガブリと噛みついた。

 そしてミサキの血を少しすすり、一度口を離したが、名残惜しそうに三回ほどまたすすってから、じゃあな、と言って去って行った。


 それがミサキがケイプリアンを見た最後の姿だった。


 ミサキは立ち上がるとサキコとナオキの元へと行った。

 ナオキはさすが、訓練を受けているだけあって、既に冷静さを取り戻していたが、サキコは放心状態だった。

 サキコは失禁しており、嘔吐もしたようで服が汚れていた。


 ひとまず上着とズボンだけ急いで着替えさせると、シェルターへはナオキがサキコを背負っていくことになった。

 ミサキは三人分の荷物を背負った。


 カオルの荷物までは背負えなかったので断腸の思いでそこへ置いていくことにした。

 形見になるようなものは彼女は持ってきていなかった。


 歩き始めると、ナオキがぽつりぽつりと会話を始めた。


「姉さんは、あいつと恋仲だったの?」


 ミサキは首を横に振った。


「そういうのじゃない。人と野犬…みたいな…」


「いつからあいつと会ってたの?」


「それは言えない」


「いろいろ質問を受けると思うけど」


「脅されていたって言う」


「うん…それがいいかも」


 しばらく歩くと、ミラミラが言っていたことに会話は及んだ。

 ナオキは最新兵器AVBWの真実については知らない様子だった。


 それで、ミサキはケイプリアンが言っていたことを説明した。


「…それは俄かに信じがたい話だが…その金属の箱のようなものは見たことがある。まさかあれがヴァンラスだったなんて…でもあり得ない話しじゃないな」


「ナオキはどう思う? 仮にケイプリアンの話が本当だっとして、私たちの友人をあんな風に殺す奴らだったら、どんな仕打ちをしてもかまわないって思う?」


 言いながら、ミサキの脳裏にカオルの首がかみ砕かれるシーンがフラッシュバックし、吐き気が込み上げてきた。

 必死でそれを飲み込む。


 ナオキは姉に言われたことを考えているようだった。


「僕は…あいつらはやっぱり許せないな…姉さんも見ただろう? カオルさんにしたこと。しかもあの女はそれを楽しんでいた。あんな奴らに命への冒涜だとか言われても、どの口が…としか言えないな。あの女は特にこの世の地獄を味わいながら、死にたいのに死ねない永遠の苦しみを味わわせてやりたい」


 ミサキはその回答にゾッとした。

 この回答がほとんどの人間の意見であろう。


「どうせ姉さんは、そんな兵器は非道だって思っているんだろう?」


 ナオキが怒ったよう言った。

 ミサキは何も答えられなかった。自分の考えを彼にどう説明すればよいのか解らなかった。


「姉さんはたぶらかされたんだよ。ヴァンラスにも情があるって思い込まされたんだ。あいつらにはそんなものはないよ。ただ貪り食うだけだ。あいつらはただの鬼だ。同情する必要なんかこれっぽちもないじゃないか」


 ナオキの強い言葉にミサキは何も返せなかった。


 …同情しているわけではないんだよ…。


 ミサキはそう言いたかったが、じゃあなんだ? と言われても答えられる気がしなかった。


 もしも自分がケイプリアンと出会ってなかったら、果たして今のように考えることができただろうか…。

 同じ質問をケイプリアンからされたときは、どんなにヴァンラスが残忍であろうと、あんな武器は使ってはいけない、と言えたのに、ナオキの回答を聞いてミサキは自信がなくなってしまった。


 ナオキは人一倍優しくて正義感の強い子なのである。

 そんな彼がAVBWを肯定する意見を述べた。


 ということは、ミサキの属する領域ではAVBWは正義と解釈される可能性が高い。

 それでも政府がひた隠しにしているのはなぜか。あまりにもグロテスクだからか。

 どこかで一線を越えていると自覚しているからだろうか。


 ミサキはもう何が正解なのかわからなくなっていた。


 ヴァンラスにも個があり、永遠に理解はできないかもしれないが、彼らも彼らの命を生きていることを知ってしまった。


 こんなことになるらば、何も知らずにいた方がずっとマシだった…とミサキは考える。

 何も知らずに、ヴァンラスは恐ろしいモンスターだと思っていた方が幸せだったかもしれない。

 ケイプリアンのあの無邪気な人懐っこい表情を知らずに生きていれば、こんなに揺れ動くことはなかったに…。


 ミサキは疲れていた。

 もううんざりだった。


 人間だろうがヴァンラスだろうが、もう誰かが傷ついたり死ぬのにはうんざりだった。


 早くシェルターに着いて眠りたい。

 一旦全てを忘れて深く眠りたい…。


 ミサキはそのことだけを考えて、残りの道程を歩くことにした。


 数時間後、ミサキたちはようやくシェルターへと到着した。

 シェルターの入口は解りにくいように作られているために、入るまでに一苦労した。


 シェルターに入ると女性の職員がてきぱきと入居手続きを進めてくれて、ミサキはほっとした。


 ナオキはミサキたちが無事入居したことを確認すると本部へと戻って行った。

 彼は今回起こったことを上層部に報告するのであろう。


 少しは姉のことを思って全てを話さずにこちらに委ねてくれるだろうか。

 彼ならきっとそうしてくれる…。ミサキはそう思った。思いたかった。


 幸いなことに、ミサキとサキコには二人部屋が割り振られた。

 サキコの精神状態がかなり深刻だったので、一緒の部屋にしてもらえてありがたかった。


 ミサキは全力でサキコを守ると心に誓った。


 サキコは放心状態から抜け出せず、ずっとボーッとした顔でベッドに座っているだけだった。

 食事を口元に運ぶと食べてくれるので、それでミサキは彼女に食料を与えた。


 数日後、本部から事情聴取のために職員が派遣されてきたが、ミサキがケイプリアンと接触したことがある…という程度にしか状況を把握していないようだった。


 ミサキはナオキの配慮をヒシヒシと感じて彼に感謝した。


 彼女は恐怖に怯えたふりをしながら涙を流し、ケイプリアンが恐ろしくて言うことを聞いてただけだと訴えた。


 政府の職員はそれを信じたようだった。

 彼が信じたい話だったからだ。


 昔のミサキだったらこんな演技はできなかっただろうけど、ケイプリアンを模範とすることでそれができた。

 彼がやっていたとおりに、相手が信じたい自分を演じればよいのだ。


 これで公的にミサキは被害者という立場となった。

 ただし、この一件は一般には公表されず、軍事機密となった。


 ミサキの事情聴取はこの一回だけで終わり、その後は心的ケアを理由に一切何も聞かれなくなった。


 これはナオキか、もしくは両親の働きかけがあったのだろうとミサキは推測した。

 家族には甘い官僚なのである。


 シェルターでの生活は不自由なことも多かったが、おおむね快適だった。


 ここにはヴァンラスの被害者も多く集まっていた。

 愛する人を目の前で奪われた経験を持つ者も少なくなく、被害者たちの交流も盛んだった。

 ミサキはサキコを連れて会合に積極的に参加し、なるべく精神の安定を図ろうとした。


 サキコと同様の状態になっている者も多数存在することがわかり、面倒を見ている者どおしの情報交換ができた。


 この被害者の会には様々な考えを持った人たちがいたが、ミサキが真の意味で共感できるような人はみつからなかった。


 それぞれ悲しみや憎しみ、そして恐怖心と折り合いをつけようと必死に努力をしているのは変わらないが、ヴァンラスに対しては一切の容赦がなかった。

 口ではきれいごとを言うこともあるが、ここにいる人たちはみな、心の奥底ではヴァンラスたちを生きたまま切り刻んでこの世の地獄を味わわせたいと考えているのだった。


 誰もが強くそう思い、それが正義と信じている中で、自分はそうとは思わないと主張する勇気はミサキにはなかった。


 ただでさえ孤独なのに、本当に孤立してしまっては自分は生きていけないと思った。


 もしも一緒に戦ってくれる仲間がいたのであれば、ミサキも人々の心を変えるために立ち上がれたかもしれない。


 だけれども、ミサキはひとりぼっちだったのだ。

 彼女はケイプリアンのようにひとりで戦うことはできなかった。


 いつしか、ミサキはみんなの話を聞きには行くが、共感者を探すことはやめてしまった。


 ミサキは孤独だった。

 人と関わり、サキコのケアをしながら、かろうじて自我を保っている状態であった。


 そんなミサキの危うさに気が付いている者は誰一人としてこのシェルターの中にはいなかった。


 ミサキは夜な夜な悪夢を見ては叫び声と共に目を覚ましていた。

 悪夢の内容は様々だったが、どれもこれもグロテスクな夢だった。


 悪夢から目覚めると、ミサキは袖をまくってケイプリアンのお印にそっと触れるのだった。

 お印に触れていると彼と繋がっているという気持ちになった。


 サキコも頻繁に悲鳴を上げては夜中に目を覚ましていた。

 夜中に目を覚ますと、サキコは決まってミサキのベッドに潜り込んで来た。


 ミサキはまるで幼子を抱くようにサキコを抱いてやりながら眠った。

 そうしているとミサキも安心するのだった。


 こんな調子で、ミサキは何とか正気を保ちつつ生活できていたが、サキコは日に日に弱って行った。

 そしてある日とうとう、軽い風邪から肺炎をこじらせてサキコはあっけなく死んでしまった。


 サキコを失ってミサキは失意のどん底へと突き落とされた。

 カオルの死も、サキコの死も、全ては自分に責任があるのではないとミサキは思うようになってしまい苦しんだ。


 心配したナオキが頻繁に様子を見に来てくれたが、ミサキは「大丈夫」と言い張って彼を無理やり安心させた。


 自分を救ってくれるのはケイプリアンしかいないとミサキは考えてしまうのだった。

 シェルターを抜け出して彼の元に走って行こうかと何度も思った。

 だがその度に、彼がどこにいるのか解らないことを思い出し、そしてそんなことをしてもケイプリアンは怒るだけだと自分を諭すようにした。


 暗黒面へとズルズルと引きずり込まれる感覚が強まると、ミサキの心はかえってしっかりしてきた。

 ミサキは前にも増して人との交流を積極的に行い、なんとか自分を見失わないように努力を始めた。


 ケイプリアンに生かしてもらったこの命、ぜったいに犬死はしない…彼女はそう決心した。


 ミサキはケイプリアンに最後にもらった「生きろ!!!!」の文字をこっそり開いては指でなぞった。

 そこから生命力を得るかのように


 こうしてミサキが生命力を取り戻し始めたころ、それは突然に起こった。


 街で人間を食い散らかしていたヴァンラスたちが忽然と姿を消したのだった。

 街にいたヴァンラスだけではない。


 見渡す限りの範囲でヴァンラスが消え失せていた。

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