鬼の居る寺2

「あ、言い忘れておりましたが、本堂には他のお客様もいらっしゃいますので、ご承知おき下さい」


 本堂に着くと、僧侶はそう言って障子を開けた。



「ん? また客か」


 そう言ったのは六十代位の老女。


「また賑やかになるな」

「そうね、退屈する事はなさそう」


 二十代位の夫婦らしき二人組も口を開いた。


「お、貴族様がこんな所にいらっしゃるとは珍しいな」


 大柄な三十代位の男が呟いた。


「皆様、窮屈になり申し訳ございませんが、本日はこの本堂でお休み下さい。私、住職の元真と申します。私は庫裏くりにおりますので、何かございましたら庫裏までおいで下さい。それでは、失礼致します」


 そう言うと、元真は本堂を後にした。



「なんだか、ご住職は忙しそうね」


 若い女性が頬に手を当てて呟いた。どうやら元真は、悪霊がいる事を法眼達四人以外には伝えていないらしい。恐がらせないようにという配慮だろう。

 ちなみに、この本堂にも結界が張ってあり、悪霊が本堂の中に入って来ないようになっている。


「まあ、仕方ないんじゃないか? こんなに大勢客が押し掛けたんだから。……っと、雨が降って来たようだ」


 若い女の夫らしい男が、そう言って外の方に目を向けた。障子が閉められているので外が見えないが、雨の音が聞こえている。外は既に暗くなっているようだ。


「……ちっ、雨とはついてないな。明日は早く出発したいのに。土砂崩れにならないと良いが」


 三十代位の男が舌打ちをする。男は商人のような恰好をしていて、大きな木箱を側に置いている。


「何か急ぎの取引でもあるのですか?」


 法眼が聞くと、男は一瞬戸惑ったような顔をした後答えた。


「あ、ああ。明日、この木箱の中身を引き渡さないといけないのですよ。間に合わないと本当に困る」

「そうですか……その箱に何が入っているのか教えて頂いても?」

「ああ……これです」


 法眼が貴族の恰好をしているので、断れなかったのだろう。男は、木箱を開けた。そこには、上等な布が沢山詰め込まれていた。


「ほう……素晴らしいですね。もしかして、西の町で取引をされるのですか? あの町には上等な布を扱う店が多いですからね」

「そうなんですよ。西の町の店には贔屓にして頂いて……」


 男の言葉を聞いた法眼は、スッと目を細めて言った。


「お前達、捕縛しろ」


 すると、どこから現れたのか、法眼の式神が二体武官の姿になり、男を取り押さえた。


「なっ……、これは……!?」


 床に組み伏せられた男は、目を丸くして声を漏らした。


「お前、商人じゃないだろう。その布は盗んだか騙し取った物だな?」


 法眼が、冷たい眼差しで言った。


「これは俺……いや、私の物だ。何故そんな事をおっしゃるのですか?」

「まず、商人にしては言葉遣いや態度が粗野だ。それと、布の収納の仕方が杜撰ずさんすぎる。こんな上等な布をそんな風に入れたら布が傷んでしまう。それと、極め付きは先程の話だ。西の町に上等な布を扱う店が多いなんて嘘だ。引っ掛かってくれて良かったよ」

「くっ……」


 男は悔しそうに唇を噛んだ。


「こうぎょ……法眼、この男どうしますか?」


 光明が聞くと、法眼はしばし考え込んでから答えた。


「この本堂に来る途中、蔵を見かけました。今夜はそこに閉じ込めて、明日検非違使けびいしに引き渡しましょう。蔵を使って良いか住職に聞いてきます」


 そう言うと、法眼は庫裏に向かって行った。

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