白髪の鬼1

 鬼が法眼と名乗って三か月が経った。この日法眼は、鬼ヶ原神社の境内にある岩に腰かけて、一人酒を飲んでいた。月を眺めながら、この三か月で色々な事があったなと思い返す。

 毒を盛った犯人を見つけたり子供の遊び相手になったりと忙しかったが、一番思い浮かぶのは、時子の笑顔だった。


 芦原実継の件が解決してから、時子は毎日のように神社に顔を出している。法眼の事をどう思っているかは知らないが、時子と話をするのは楽しい。たまに直通や光明が付いて来るのが鬱陶しいが、あの二人の事は嫌いではない。


そろそろ社務所で寝るかと立ち上がった時、声が聞こえた。


「……やっと見つけた」


 振り向くと、法眼と同じ位の年齢に見える若い男がいた。白髪を緩く束ねており、頭部からは角が二本生えている。口を閉じて笑っているので牙は見えないが、間違いなく鬼だ。


       ◆ ◆ ◆


 珍しく、時子が直通の屋敷を訪れていた。


「……もう一度言ってくれないか」

「ここ十日程、法眼様の姿が見えないのです。それで、心配になって。でも、どなたに相談すれば良いかわからなくて。まずは法眼様の正体をご存じの直通様や光明様に相談しようと思い、伺いました」


 直通は溜息をついた。訪ねて来てくれたと思ったらこれか。最近、時子はあの鬼の事ばかり話している気がする。ほぼ毎日あの神社に通っているようだし。


「……何か用事があって数日神社を離れているだけという事は? あの鬼がどういう生活をしているかはわからないが」

「そう考えて良いのかもしれませんが、嫌な予感が……」

「その嫌な予感、当たっているかもしれませんよ」


 障子を開けて、光明が入ってきた。


 光明の話によると、最近、貴族が数人行方不明になっているという。時子や直通にとっては初耳だった。


「それがあの鬼と関係があるのか?」

「……ある貴族が行方不明になる直前に、男と会っているのを見た者がおりまして。風が吹いた時に、会っていた男の烏帽子が取れかけたそうなんです。それで、その頭に……」

「まさか……」


 光明は、頷いた。


「角が生えているように見えたそうです」


          ◆ ◆ ◆


「私はずっと、お前を探していたんだよ」


 姿を消す十日前、会ったばかりの鬼にそう言われて、法眼は怪訝な顔をした。


「……何故俺を? あんた、誰だ?」

「私は、白樹はくじゅと名乗っている。……お前の兄だよ」

「俺には、兄はいないが」

「本当に? お前、自分の親を知らないのではないかな?」



 確かに、法眼は血の繋がった親を知らない。法眼は、赤子の頃山に捨てられていたのを、人間の夫婦に拾われた。夫婦には子供がいなかった。二人は優しく、法眼は実の子供のように育てられた。


 だが、法眼が五つになると、問題が起きた。角や牙が目立ち始めたのだ。それでも夫婦は変わらず愛情を注いでくれたが、周囲から冷たい目で見られるようになった。法眼を捨てろだの殺せだのという言葉が頻繁に聞こえてくるようになった。


 夫婦は最後まで法眼を育てようとしてくれたが、明らかに疲弊していた。そんな二人を見て、法眼は八つの時に自ら家を出た。

 家を出た後は、しばらく山で猪等の獣や野草を食べながら旅をしていたが、その内陰陽道の師匠である蘇芳すおうと出会った。蘇芳がいなければ、法眼は人間とうまく関わる事ができなくなっていただろう。



「鬼には、力の弱い子を捨てる習性があるんだよ」


 白樹が話を続けた。


「お前は、力が弱いと判断されて捨てられた。でも、父と母が亡くなって、私は寂しくなってしまってね。……私と一緒に、人を狩って生きていかないか?」

「……断る」

「そんなに人間が大切なのかい? 人間を恨んだ事は無い? 人間を醜いと思った事は?」


 法眼の脳裏に、村人達の顔が浮かんだ。まだ幼い法眼に石を投げつけてきた者、優しい夫婦に罵声を浴びせた者……。


「お前が育った場所は大体見当がついている。まずは、お前が恨んでいる人間から狩ろうじゃないか。明日の夜、今と同じ位の時刻にここに迎えに来るから、一緒に狩りに行こう」


 白樹は、笑顔で言った。

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