決着と望まぬ想いと想い合い1

 そいつの強さは異常だった。


 猿たちの何倍も強く、身に宿す不快な臭いも非常に濃い。


 ただでさえ、通常の猿の相手だけでも面倒なのに、この大猿の相手までは今の兎には荷が重かった。


 何体もの取り巻きを倒すも、一向に数が減ってくれない。


 まるでここら一帯の猿を全てここに集結させたような経験したことのないほどの数だった。


 兎は徐々に大猿の爪を躱せなくなっていき、動きが鈍くなる。


 そして全身が鉛のように重くなった辺りで、大猿達は戦闘からいたぶりへと変更。


 重たい体で取り巻き達の攻撃を何度も避けるが、猿の攻撃が次第に兎を捉え始めた。


 何度も何度も体を吹き飛ばされ、蹴飛ばされ、玩具にされて兎の体は遂にその場から動けなくなってしまう。


 大猿が兎の前にニタニタと嗤い近づいてくる。


 トントンとこん棒で手のひらを叩いて。


 兎の体など容易に潰せるほどの大きさと重量を持ったそれを誇示するように。


 これでお前を殺す、怖いだろう?


 そう言いたげにニタニタと。


 動いてくれない体に兎の中に諦念が浮かんだ。


 まさかこんな奴がいるなんて思いもしなかった。


 仲間達ほどではなくとも、自分もある程度強いし、いずれは肩を並べるほどに強くなれると。


 しかし現実はこんな奴より弱いし、死ぬ生物にこれからはない。


 兎は願う。


 せめて、せめてあの新種だけはここに近づいてくれるなと。


 あの川にいれば、他の仲間が助けてくれると。


 だから、もうここには近づかないでくれと。


 それが自分にならないのは少し寂しいが、初めて暖かい気持ちをくれたあの新種には助かってほしかった。


 しかしそんな淡い願いは虚しくも、目の前に現れてしまった新種のせいで儚く散ってしまった。


 「珍しく元気がないな。ウサギ」


 姿を見るなり悲しい気持ちに陥るが、それも一瞬の事だった。


 新種の挑発染みた言葉に兎の中の何かが燃えた。


 守りたいと思ったのか、それとも負けたくないと思ったのか、今は言葉にできそうにない。


 来てほしくなかったのに、いざ目の前に現れるとどうしてこんなに温かい気持ちになるのだろう。


 すると兎の体は不思議と軽くなった。


 動かないと思っていた脚にも力が入った。


 負けん気の強い兎は体に鞭を打って新種に背中を合わせた。


 戦いは順調に進む。


 大猿が参加しない、数だけが頼りの小猿達に兎は負けるつもりなどなかった。


 しかし、身体が本調子でないからか、小猿に背後を盗られ、それを新種が勢い余ったからついでにと言わんばかりに葬った。


 ちょっと嬉しいが同じくらい反発する気持ちが湧いた。


 助けられた事へのお返しというよりも自分もそのくらいできると張り合わんばかりに新種の後ろをカバーする。


 結果的に互いの連携が上手く行き、パフォーマンスが上昇。


 小猿の殲滅スピードが大きく加速した。


 それを見かねた大猿が小猿達を下げ、自らが戦線に立った。


 大猿は強かったが、二体一の戦いならば、勝ち目はあった。


 新種が引き付け兎が削る。


 それで大猿の顔から一時的に余裕が消えた。


 しかし、大猿は戦い方を変更。


 本領とも言える樹上からの連続の奇襲攻撃で手も足も出なくなった。


 新種は回避で手一杯。


 兎は反撃を与えられない。


 一方的な戦いになった。


 行詰まる中、新種が何か覚悟を決めたような雰囲気を兎は感じ取った。


 誘い込みからのカウンター。


 自身を顧みない一か八かの賭けだった。


 兎は理由のよくわからない強いを不安を抱いた。


 案の定、威力の乗らない新種の武器は大猿には通用せず、弾かれてしまう。


 大猿の攻撃が新種を襲う。


 直感に付き従った兎は既に新種のカバーに入っていた。


 ギリギリ間に合う、そう思った瞬間、奴がこちらを向いた。


 反応もできず、弾き飛ばされる兎。


 何度も地面に体を打ち付けて、傷口が広がり血が止まらない。


 兎の命は風前の灯にあった。


 そこからは大猿が新種と同じ目線での戦いが始まった。


 表情からは見えないが、息遣いや臭いからかなりスタミナを消耗しているのが兎にはわかった。


 それが戦いにも現れており、新種と大猿の戦いは一進一退の戦いを繰り広げていた。


 戦いが長引き、新種の動きが次第に最適化されていく。


 命すらもコストと見做して、失わないギリギリのところで攻防を成立させている。


 その苛烈な戦い方に付き合わされている大猿も内心たまったものではないだろう。


 遂に大猿は命の消耗を厭うて、身体に無理をさせた。


 その瞬間、新種の気配が一段鋭くなった。


 流麗に流れる踏み足は、その一つで剣の動作を一つ消し、瞬激を繰り出した。


 ───勝った


 そう兎は感じた瞬間、その一撃はあろうことか大猿を捉えず、横から介入した小猿によって妨害されてしまった。


 小猿を切り捨てた瞬間、しまった───と表情を一転させた新種。


 兎は声を絞り出すも、間に合わない。


 大猿の腕が新種を捉え、決定的な一撃を新種の横っ腹へと叩きこんだ。


 樹に背中をぶつけ苦しむ新種。


 奴が止めを刺すために歩む。


 その人を小ばかにしたような顔が本当に腹立たしい。


 兎は声にならない声を叫び続ける。


 起き上がってくれと。


 逃げてくれと。


 どうして助けに入ったお前が死ななきゃならないんだと。


 兎は必死に現状に訴えるも、その言葉は誰も聞き届けてはくれなかった。


 大猿がゆっくりとこん棒を振りあげる。


 やけにゆっくりに見える光景に、兎は必死に自分の弱さを恨んだ。


 仲間達と比べ、あまりに未熟な自分の力を。


 同じ仲間であるにも関わらず、力を十分に使えない非力さを。


 あの輝かしい力の奔流。


 仲間が振るうそれを兎は自分にもと請い願った。


 あの陽の光のような暖かい力を。


 魔の物に鉄槌を下すことのできる力を。


 そう、あの新種の手から感じたあの暖かみのような───


 あの時を思い出した兎の中にあの時の暖かい不思議なものが再現された。


 走馬灯のようなものかもしれない。


 しかし今確かに感じる手放したくない温もり。


 それはきっと、繋がりを示す力。


 それを兎はすでに知っていた。


 見てきたはずだ。


 兎はその熱くなった熱を角へと集めた。


 それは仲間達と同じ力。


 この森の聖守護者たる聖獣の力。


 荒々しく角が光り、神々しいまでの力の奔流がこの森へと広がった。

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