嘲笑とツンデレ兎のあの日2

 兎はこの森で、祝福されて誕生した。


 生まれてまだそんなに歳月を経ていない子どもだった。


 兎の仲間はここを離れてはいけないと言う。


 どうして自分はここに生まれたのか、どうしてここから離れてはいけないのかはわからない。


 しかし、何か自分に使命があるのだと、なんとなしに理解していた。


 はっきりとしない不透明な使命感に最初は焦りのようなものを感じていたが、今では鳴りを潜めていた。


 ここでなんとなしに生きていくのだろうと兎は考えながら生きてきた。


 そんなある日、兎は森の中で新種に出会った。


 この辺りでも良く見かける二足の魔物に形は似ている。


 しかし肌の色も違えば背丈も違う。


 緑の魔物にも大きな種類は存在するも当然それとも違った。


 しかし、そいつの身体の中からあの魔物同様に不快な臭いを感じ取った兎は、これまでと同様に狩りをすることに決めた。


 その新種は慌てたようにナイフを構えるがあまりにも不格好だった。


 速さに自信のある兎は遊んでやろうと突進を繰り返す。


 最初はそんな軽い気持ちだったが、足は遅くとも森の環境を利用して巧みに逃げるその新種に苛立ちが募り、兎は少し本気を出すことにした。


 遂にそいつの背中を捉えようとした瞬間、突然目の前から消えた。


 目で追えばそいつは何かに躓いてこけてしまっていたのだ。


 反射で体をその方向に向けてしまった兎はあろうことか勢いをそのままに、新種の背中ではなく、太く硬い立派な樹に深々と角を突き立ててしまっていた。


 兎は慌てたように体を動かした。


 しかし思ったよりもしっかりと刺さっている角は抜けず、足で蹴って抜こうとしても絶妙に届かない。


 兎は新種がニタァ───と、笑みを浮かべる表情を見て大慌て。


 どうしても死にたくない兎は最後の抵抗で目に涙を溜めて見せた。


 どうしてそんなことをしようと思ったのかはわからない。


 どうして簡単に涙が出てきたのかはわからない。


 しかし恐らく効果的だと言う確信が兎の中にはあった。


 しかし新種は躊躇って素振りを見せた後兎を騙したように態度を一変させた。


 兎は遂にダメかと断末魔をあげた。


 しかし一向に襲ってこない新種の握るナイフに恐る恐る顔を上げると新種は深いため息を吐いて何かをいっている。


 恐らく、なんで襲うんだ?と言うような感じだと兎は理解した。


 なぜ襲うのかなど、兎からしたら不法侵入のようなものだからだ。


 自分のテリトリーに不快な臭いを立たせる奴が来たら排除する。


 仲間もやっている事だ。


 兎は今まで当たり前のようにやってきた事を疑問に問われ首を傾げた。


 すると新種は兎を殺すどころか兎の角を樹から引っこ抜いて助けて見せたのだ。


 そして兎の体に新種の手が触れた時、どこか懐かしいような温かいものを兎はその身に感じた。


 これが何なのかはわからない。


 しかし不思議と不快ではなかった。


 兎はその新種が自分を助けた事もあり、他の侵入者とはどこか違うのだと理解した。


 心は不思議と踊っている。


 こんなのは初めてだった。


 楽しい気分になるが、このまま帰ってしまっては兎の沽券に関わる。


 自分より明らかに弱い新種に助けられたのだから当然だろう。


 兎はちょっとした腹いせに去り際に新種のその脚を蹴ってやった。


 痛がる素振りを見て満足した兎は楽しい気持ちをそのままに明るく鳴いて新種の傍から去っていった。


 その後も時々新種の様子を伺うようになった。


 何かを探す新種の姿を見かけて、観察し、なにか入れ物を探しているのだと察した兎は新種にそのありかを優しく教えてあげたり。


 無警戒に寝入る新種の面白い顔を眺めたり、仲間の姿にビビり散らかす新種をからかったりと気付けば新種の近くで生活することが多かった。


 そんなある日、新種が大きな緑の魔物に襲われているのを見つけた。


 兎はすぐに助けに入ろうかと迷う、しかし森の基本的なルールは独力で生きる事だ。


 それを知っている兎は戦いの様子を伺った。


 結構いい勝負をしているため、自分の手が必要ないかもしれないからだ。


 そしてなにより、新種の顔が邪魔をするなと語っているような気がしたのだ。


 兎はギリギリまで様子を伺った、


 しかし遂に敵の拳が新種の腹を捉え、止めを刺そうとしているのを見て、兎は全身の力を突進に乗せた。


 しかし助けたにも関らず新種の反応はいまいちだった。


 むしろ敵である大きい緑の魔物にどこか申し訳なさそうな表情を向けていた。


 納得がいかず、新種の脚を何度も蹴った。


 新種は謝って見せるが気持ちはそう簡単には収まらない。


 最後に一発かましたら許してやろうとしたらそいつはとんでもないことを言い始める。


 「もしかしてさ、お前、ずっと俺の事見てた?」


 その言葉に兎は体が跳ね上がってしまった。


 全身の毛が逆立つほどに。


 壊れたように声が漏れ出す兎に新種は止めとなる発言した。


 「うん?そうなるとあの猪の時も俺の事心配して見に来てくれたとか?」


 「ぴゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


 人間だったら顔を真っ赤にしていただろう兎は誤魔化すように新種の頬に両足を叩きこんだ。


 顔を合わせるのも恥ずかしい兎は振り向くことなくその場を去った。


 その後はしばらく平穏に生活しているのを兎は確認していた。


 しかしある日、新種が活動範囲を広げるように移動するのを見てしまう。


 そこは兎でもあまり立ち寄らない森の深い部分だった。


 兎の実力なら大した敵はそう多くないが、新種の場合は分からない。


 見守る日々がしばらく続いた。


 しかし新種はどんどんと魔物達と同じ力の使い方をものにしていき、ここら辺の小物相手ならなんら問題ないだろうと確信した。


 最初に苦戦した猪でも今なら余裕を持って戦えるだろうとも見て取れる。


 兎は安心を浮かべた。


 新種は問題ない。


 しかし新種に気を取られるばかりで自分のことがおざなりになっていたのをこの時の兎はまだ気づいていなかった。


 新種の観察の傍ら面倒な数の猿たちを相手に立ち回る兎。


 いつもより数の多い猿たちに嫌気がさしていたその時、そいつが現れた。


 群れが巨大化した原因である猿たちのボス。


 兎もまだ見たことのなかった大きな猿の姿をした化け物だった。

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