暴力系ヒロイン(?)の性別を俺達はまだ知らない

 まだ陽が顔を出し始めて間もない早朝。


 俺はいつもの時間に目を覚ました。


 食事を摂り、剣を振るい、魔力を操って、そして冷たい川に身を浸す。


 あれ以降も森の深くには頻繁に出入りしている。


 人の手がかりと、食料調達。


 その両方を心掛けていたが、今ではもっぱら食料がメインだ。


 残念なことに食料となりそうな生物にはなかなか出会えない。


 出てくる敵と言えば大体がゴブリンだ。


 奴らは本当に数が多く、一度出てくれば次から次へと湧いてくる。


 まるでゴキブリのような奴らだ。


 俺はいままでそんなゴキブリのような奴らを食べていたというのだから何とも吐き気を催す話だろうか。


 あの猪は滅多には出て来ず、数日に一回程度しかお目に掛れない。


 そこそこサイズのある猪ならこちらを見るや否や襲ってくるのだが、一回り小さい奴だとすぐに逃げ出してしまって戦う事すらできない。


 恐らくまだ若い部類に入るのか、警戒心が強い。


 猪は若い個体の方が美味しいと聞くし、是非とも食べてみたいのだがそう上手くはいかない。


 俺は今少し抵抗があるが、牡丹鍋に強い興味を抱いている。


 当然昔からその存在は知っているが向こうでも食べたことが無かった。


 せっかく猪を食べる事が出来たのだからその子供のウリ坊の味は一体どんなものだろうか。


 「あっ鍋がないか」


 俺は金属の調理器具をなに一つもっていない。


 鍋料理などできるはずもなかった。


 俺は原始人のような生活スタイルを送っている。


 来た当初から変わらない衣服に俺は辟易とする。


 何度洗っても落ちない汚れに戦闘で至るところがボロボロのカッターシャツと同じく解れているズボン。


 パンツはもう履いてません。


 スースーする状態にももう慣れたし別に誰かが見ているわけでもないから気にする必要もない。


 時間を掛けて燻して鞣した猪の革があるが、それを衣服に加工する必要があるかもしれない。


 どうやって?と疑問が浮かぶが、糸も針も無いし貫頭衣のようにするしかなさそうだ。


 それか蔦を紐代わりにして結ぶかだな。


 俺の生活は問題が山積みで中々解決できないが、時間だけはたっぷりとある。


 俺は前向きな姿勢を崩さず、今日も森の深くまで潜ることとした。





 ◆





 「合掌するのも面倒だからもう出てくんな!!」


 俺は苛立ちを抑えながらロングソードを大きく振るった。


 ゴブリンの上半身と下半身が泣き分けれる。


 そんな豪快に死んだ仲間を見ても他のゴブリンは狼狽えることもなく一斉に飛び掛かってくる。


 ゴブリンとの一対多数の戦いにはもう完全に慣れた俺は危うげなくゴブリンを切り殺していく。


 日々の鍛錬としっかりとした動物性たんぱく質豊富な食事のおかげで俺の基礎筋力は最初の頃よりも大分マシになっていた。


 そこに魔力も加わりゴブリン程度いくら来ても命の危機は感じない。


 ただただ退屈な作業に近しい。


 俺の前に懲りずにゴブリンがけたたましく攻撃を仕掛けてきた。


 俺は溜息が漏れそうなのを我慢して、脚に力と魔力を込め強く踏み込む。


 脚から伝わる大きなエネルギーを阻害しないように腰に回した魔力を持って腰に捻りを加えてエネルギーを増幅。


 当然魔力を回してある腕はそのエネルギーを十全に剣に乗せゴブリンへと振るわれた。


 ゴブリンはそれが上手く認識できず、身体を縦に真っ二つにされる。


 一瞬の剣筋が、陽光の残光のように俺の視界に焼き付いていた。


 これが今俺が振るうことのできる最高の一撃だ。


 だがこれは集中力を有するし、一連の流れを綺麗に行うためには結構な時間が掛かる。


 とても激しい戦いの中では使えない代物である。


 だから試し切りはこいつらゴブリンのような戦い慣れた雑魚でしか振るえない使えない必殺技だ。


 これがもっとスムーズに、高い集中力を割かずとも振るえるくらいにならないと強敵相手には必殺技にはなりえない。


 「威力は十分なんだけどなぁ」


 俺はゴブリンが真っ二つになった所の地面を見る。


 地面は動物が掘り返したように抉れており、ロングソードに乗ったエネルギーの量を物語っていた。


 気づけば辺りはゴブリンの死体だらけだ。


 もう襲ってくるゴブリンはいないらしい。


 俺が手を合わせようとしたその時、頭上から最近聞きなれた声の生物が俺を襲ってきた。


 長い手を振り爪で切り裂こうとするその生物は猿だった。


 長い手に短い脚。


 鋭い爪で細めの樹を切り裂いたところを見たことがある。


 そんな茶色い毛並みをした猿は猪を狩った次の日に初めて出会った生物だ。


 それ以降何度も戦ってきた。


 そしてこいつが襲ってくるたびに俺は溜息を吐き出したい気持ちに陥るのだ。


 なぜなら、こいつがゴブリン同様糞ほどにマズイからだ。


 皮を剥ぐ用途にはいいかも知れないが、何分サイズが小さい。


 それで食いもしない獲物を持ち帰るのは面倒だ。


 それなら手に一杯木の実でも抱えて持ち帰った方がずっとましだ。


 皮も欲しいが飽くまで食料が優先だ。


 だから俺は猪に出会いたいのだが、これが中々運命的とはいかない。


 それにこいつ臭いし。


 俺は再度樹上から襲い掛かってくる猿の爪腕を避け、同時に腕を落とす。


 木登りが満足にできなくなった猿は地面を走って逃げようとするが、襲われてみすみす見逃すわけがない。


 俺は地面に転がる手ごろなサイズの石を拾うと大きく足を上げてオーバースローで投げつけた。


 猿は後頭部を石に砕かれてその場で崩れた。


 計測器がないからわからないが、150キロオーバーは出ていそうだな。


 向こうならプロテストに十分合格できる速度だ。


 俺は魔力様様だとこの世界のシステムに感謝した。


 やっと落ち着くことのできた俺は猿に中断されてしまった続きをすることにした。





 ◆





 木の実を採取し、今日も猪に出会えなかったと落胆する。


 時間はまだある。


 脚に全力で魔力を移せばここから拠点までそう時間は掛からない。


 「この先の敵強いんだよなぁ」


 ゴブリンばかりしか出てこないこの辺りとは違い、ここから先にさらに進むと先ほどの猿やそれ以外の生物の種類が増え始めるのだ。


 あの猿だって一匹ならなんら問題はないが、樹上から攻撃をしかけてくる性質上、同じく群れるゴブリンなんかよりもよっぽど質が悪い。


 それも退屈せずには済むが、なんの糧にもならない敵と戦っても俺の生活は潤わない。


 それ以外の敵も美味しそうにないから俺がここから先を進む旨味はあまりない。


 「ま!まだ見ぬ美味しい食材を求めて!」


 俺は死体の山を後にして奥へと進むことにした。


 色んな所から色んな音が聞こえてくる。


 さっきの猿に捕まえたことのない鳥。


 聞きなれ過ぎて無意識に音を気にしなくなってしまうのではないかとある意味危機感を覚えるいつものゴブリンの声。


 「あいつらほんとどこにでもいるな」


 俺は呆れを隠さずに溜息を吐いた。


 何度か猿を倒しながら奥へと進む。


 辺りから音が猿の甲高い音だらけになっていることに気付いた。


 「巣の近くにでも来てしまったか?」


 たくさんの猿の相手は非常に面倒だ。


 俺はあいつらを面倒くさがって引き返そうと踵を返した。


 すると草木の隙間からなにか大きなものが見えた気がした。


 (猪か!?)


 俺は身を潜め、音を立てないようにそれが良く見える位置まで移動した。


 (でかい猿?)


 そこには俺の背丈よりも尚も大きな猿が何かと対峙している。


 俺はこんな面倒な敵のテリトリーで戦うつもりはあまりない。


 あの大きな猿だけでも絶対に俺よりも強い。


 それに加えて他の猿があいつに加勢すると考えたら勝ち目はない。


 俺は引き返すためゆっくりと後ずさりする。


 俺に気付かないでくれと願いながら。


 二、三歩と後退してそれが目に入る。


 (ウサギ!?)


 あの大猿が戦っているのは俺が知るあのウサギだった。


 ウサギの周りには大猿の取り巻きだろう小さな猿が複数で囲っていた。


 ウサギは白い綺麗なはずの毛並みを血で汚して弱っているのが見てわかる。


 (あいつもこんな風にピンチになるんだな)


 平和なあの辺りにいれば危険に陥ることもなかっただろうにとウサギの行動を残念に思った。


 これも弱肉強食かと俺は自然の残酷さを目の当たりにする。


 俺がここであのウサギの助けに入った所で最悪共倒れだ。


 変に縁があるからと助けに入って自分が死んでしまえば元も子もない。


 俺は自分の命を優先し、一歩引きさがる。


 俺の視界の中にいるウサギの後ろの猿がニタニタと嫌な笑みを上げて、気付かないウサギのケツを蹴り上げた。


 ウサギが一、二メートルほど蹴飛ばされる


 「…………ぴぃぅ…………」


 弱弱しく鳴く角ウサギ。


 それをけたけたと周りの猿たちが笑っている。


 抵抗の弱いウサギを周りの猿たちが襲う。


 四度避けて殴られ、三度避けて蹴られ、二度避けて体を放り投げられる。


 もう息も絶え絶えのウサギにこれ以上の体力はどう見ても残されていない。


 満足に動けなくなったウサギの目の前に遂に大猿が歩み寄る。


 その手に握られるのは大きなこん棒。


 小柄なウサギなど一撃でぺしゃんこになりそうな大きさだ。


 「…………ぴぃ……ぃぅ」


 諦めの気持ちは無いのだろう。


 がくがくと力の入らない足を震わせながらも尚を立ち上がろうとしている。


 血で満足に開かない目はそれでも生気に満ちている。


 しかし大猿はそれのほうが面白いとでもいわんばかりに口角を歪に上げて、同時にこん棒を振り上げた。


 風を切って振り下ろされる必殺のこん棒。


 遂に迫りくる死に、ウサギは思わず目を瞑る。


 「そんな顔するなよ。暴力系ヒロイン。いやオスかメスかはしらんけど」


 ウサギの前に立った俺は振り下ろされたこん棒をロングソードで打ち払い、そう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る