猪のレバーは過熱しろ(他はしなくていいとは言ってない)2

 俺は命の鼓動が途絶えた獲物に手を合わせていた。


 危うい戦いだったが、なんとか今回も生き残ることができた。


 そしてその成果として新たな食材を確保することに成功。


 俺は合掌を終え、捉えた獲物を持ち帰ることにした。


 近くにあの便利な蔦を持つ植物が生えていた事を思い出し、それをいくつか採取し、得物の四肢へと結んだ。


 「よし、これで運ぶのが楽になるな」


 俺は蔦を腕に巻いて獲物を運ぶ。


 重いが運べない程ではない。


 途中何度か襲ってきたゴブリンを処理しながらの帰路となった。


 背中に痛みが残っているものの、なんとか無事に帰ってくることができた。


 俺は早速川辺で猪の解体作業に入った。


 腹部にナイフを入れ裂いていく。


 裂かれた腹からはゴブリンほどのキツイ臭がなく、俺の心が躍った。


 「これはモツパ行けるか?」


 まだ新鮮な内臓を見て期待に胸が広がる。


 内臓を破ってしまわないように気を付けながら取り出していき、川の綺麗な水にさらす。


 こうすることで血抜きをしながら鮮度を保つことができるらしい。


 内臓を全て取り出し終えると次は皮剥ぎだ。


 括りつけた蔦を高い位置にある木の枝へと掛け、蔦を引いて獲物をつるし上げた。


 丁度いい高さのところで落ちないように別の樹へと蔦を結んで獲物を固定。


 脚にくるりと切れ込みを入れ、次に縦にナイフを入れていく。


 両方を傷つけないように肉と皮の間にナイフを入れ剥いでいく。


 これが中々神経を使う作業で疲れる。


 内臓を取り出すために先に裂いていた腹部の皮まで剥ぐと既にぷらぷらとしている頭を切り落として完成だ。


 剝ぎ終えた皮は脂や肉がまだこびり付いているため、これをなめし終えれば革の完成だ。


 敷物代わりにするのもいいし、革袋を作るのもいい。


 用途は多様だ。


 そしてようやく生肉の姿になったそれをブロックごとに解体していく。


 皮を剥ぐ作業は手先の作業で大変だったが、魔力を使える力の作業は楽でよかった。


 ブロックごとに分け終え、それを川の水にさらして作業は完了だ。


 「はぁぁぁ~~」


 俺は疲れと達成感からくる深いため息を付くと、気持ちを食事へと切り替えて火の用意を始める。


 火熾しはもう手慣れたもんだ。


 「アチチッ」


 俺は小さく立つ火の上に薄く平な石を置き、その上にも薪を並べて火を大きくする。


 「石や~き~も~、やきいもっ」


 俺はご機嫌に歌いながら火が小さくなるのを待った。


 時間が経って、陽も落ち切って食事に丁度いい時間となった。


 ようやく熾火になり、樹の棒で炭を払うと中から熱々に熱された石が現れる。


 俺は切り取った猪の脂身部分を箸で摘まみ、灰に塗れる石を拭き上げていく。


 脂が溶け出し、ジュウゥッ───と熱された脂が跳ねる音と共に香ばしい匂いが俺の鼻腔を擽った。


 俺は血抜きが終わり、小さく切り出したモツを石の上へと並べた。


 継続的に肉が焼かれる音とこれでもかと肉の焼ける匂いが立ち込める。


 「はぁぁ~~たまらんっ」


 俺はとめどなく溢れる唾液をごくりと飲み込みながら焼きあがるのを待つ。


 贅沢に少し厚めに切ったから時間がかかるかもしれない。


 俺は肉をひっくり返すながら様子を伺う。


 腹の虫が早くしろをせっついている。


 この世界で初めてゴブリンを食べた時から腹の虫の我慢が効かなくなっているような気がする。


 しかし今回はその時とは比にならない暴れようだ。


 俺はそれに、まぁ待てよ───と制止をかけて中までしっかりと火が通っているか確認するため試しに一つ切ってみる。


 「よし」


 俺は中まで焼けている事を確認した。


 「これは心臓ハツだな」


 俺は我慢しきれずほいっと口の中に放り込んだ。


 「んんっ!!」


 俺はその味に驚いた。


 最初に感じたのはこりこりとした触感。


 淡白な味わいではあるが、癖が無く食べやすい。


 なにより臭みがない。


 俺にはそれが信じられないほど嬉しくて涙が溢れてしまう。


 「まさか…………あの猪がこんなに美味しいだなんて…………っ」


 正直、この森の中でこんな真面な食事が採れるなんて思ってもいなかった。


 食べる度に心の中のなにかが死んでいくようなゴブリン肉とは大違いだ。


 慣れたと思っていたが、比較とは残酷だ。


 一度、この味を知ってしまえばもうあの味には戻れない。


 俺は涙を堪えながらハツを飲み込んだ。


 「これはレバーだな」


 今度はレバーの火の通りを確認して一口齧る。


 「ふわぁ…………」


 牛のものよりも触感の強い猪のレバー。


 滋味深い味わいに心が弛緩した。


 二口、三口と口が止まらない。


 箸の中にあった筈の大きめのレバーはあっという間になくなってしまう。


 「最後はマメだな」


 俺は半分にしたマメを摘まむ。


 縦に半分に切ったマメの断面はなんとなくマッシュルームみたいな形をしている。


 「ん?ちょっとだけおしっこ臭いか?」


 そこまで気になるほどでもないが、今までがほぼ無臭だったため気が付いてしまった。


 逆に言えばその程度だが、しかし順番が悪い。


 期待値が高まっている中でこれだと少しがっかりしてしまう。


 「でもこのくらいなら」


 俺はもう一口マメを口に入れ、追加で香草を多めに頬張る。


 それだけで十分に臭みは消え、マメの味わい深さが際立ってくる。


 「猪最高かよ」


 俺はあつあつのモツにハフゥと息を吐いて熱を逃がす。


 食事がこんなに楽しいものだったことを俺は知らず、わくわくと食べ続け、あっという間に焼いていた分がなくなってしまう。


 「しかし、まだまだあるんだなぁ」


 俺は既に食べた部位もまだ食べていない部位も次々と切って焼き石に並べていく。


 俺はどんどん焼けていくモツを出来次第に口へと放り込んでいった。


 そして第二陣のモツまでなくなったところで俺は顔を青くして口を押えていた。


 「うぅ……食いすぎた」


 今までの抑圧から限界を考えずに焼いたことに後悔していた。


 美味しいものでも腹がはちきれんばかりのタイミングでは拷問を受けているような感覚に陥るものだ。


 最後の方では心を無にして胃に詰め込む作業へとなっていた。


 俺は石に残る焼きあがった何かの幼虫に目を落とした。


 「え?ナニコレ、気持ち悪い。虫じゃん…………」


 食欲が無くなり冷静になった俺はそれを食い物だと認識できないでいた。


 しかし、デザートだと言って食事の締めに持ってきたのは俺だ。


 食べずに捨てるのは食べ物に失礼だろう。


 俺は限界を迎えている胃と蘇った日本人的な食事感の必死な抵抗を抑え込んで何かの幼虫を口に運んだ。


 「…………まぁ、美味いんだよな」


 触感の正体を想像しなければデザートだった。


 俺は久しぶりの満足のいく食事にありつけて、幸せな気分で家の中へと入る。


 体の傷の様子を確かめたら明日も森を深く探索しようと思う。


 できることならもう一匹の猪を捕まえたい。


 まだ肉は食べきれない程に残っているため、これ以上は腐らせてしまうが、どっちにしろ近い内に腐る。


 そうなる前に新しい食材を確保したい。


 猪以外の生物もできる事なら確認しておきたいしな。


 俺は満腹からくる眠気に逆らわず、深い眠りについた。

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