猪のレバーは過熱しろ(他はしなくていいとは言ってない)1

 心臓が跳ねる。


 トラウマが蘇り、死が過る。


 勝ち目など全く感じることのできなかった相手が再び俺にその鋭い視線を向けている。


 あの牙が俺を突き刺せば、あの時のゴブリンのように体が中から四散してしまうのだろう。


 あいつが俺に牙を突き立てる嫌なイメージが浮かびあがる。


 しかし、俺はそのイメージに浮かんだ現実との差異に気付いて、目の前の猪を注意深く観察すると、それがあの時の猪とは違う事に気付くことが出来た。


 最初に気付いた違いはその体躯だ。


 この猪はあの時のものよりも一回り小さいうえに毛色も違う。


 記憶にある猪は金毛に近い茶色をしていたが、こいつは黒に近い藍色だ。


 そして神秘的な光を操っていたのに対し、それとは正反対。


 こいつはゴブリンのような禍々しさをその身に宿している。


 トラウマを植え付けたあれとは違う。


 そしてなにより、絶対に勝てないというイメージがこいつからは感じられなかった。


 俺はそれに気づくとふと体が軽くなるのを感じた。


 戦うか?


 俺は自分に問う。


 俺の体を縛るトラウマは次第に身を潜めていき、それに伴って戦意が漲ってくる。


 俺は体をロングソードを構え、集中を高める。


 「丁度新しい食材探してたんだ。来いよ」


 俺に向かって、挑発に身を震わせた猪が、頭を低くして突進してくる。


 早いが、記憶の中のあいつは目で追うこともできなかった。


 それと比べれば大したことは無い。


 俺はその突進に合わせてカウンターを狙う。


 眼前に迫ったところで半身にしてロングソードを振りあげる。


 「いっ……!」


 直撃しないように避けたにも関らず、猪は一瞬で軌道を修正。


 俺はなりふり構わず横へと転がりなんとか避けることに成功した。


 「猪突猛進じゃないのかよ!」


 あんな鋭く曲がられてはたまったものではない。


 反応が遅れれば今頃俺は腹を牙に貫かれ、どこかの樹にぶつかってお陀仏だっただろう。


 「ブルルルルル」


 避けられたのが気に入らないのか、猪は喉を震わせて不満を露わにしている。


 勝てない相手ではないはずだ。


 しかし大ゴブリン同様にひりつくような戦いになりそうだ。


 俺は乾いた唇を舐め、剣を構える。


 猪が再び突進してくる。


 俺はもう一度カウンターを狙うが、先ほどと同じ結果に終わった。


 俺も猪も一撃を加えられないまま戦いが長引いていく。


 数度の交錯を繰り返しお互いタイミングを図り、一撃を狙う。


 単調な戦闘。


 しかし交錯の度に猪の牙は着実に俺へと近づいてきていた。


 戦いの最中、内心で焦りが募り始めていたその時、遂に猪の牙が俺のベルトを捉えた。


 牙がベルトに引っかかり、突進の勢いのまま体を投げ飛ばされる。


 太い樹に背中を打ち付けて、肺の空気が強引に吐き出される。


 痛みと息苦しさに視界が回る。


 まずい。


 そう思った時、猪の雄たけびが鼓膜を揺らした。


 「ぐっ……」


 地面から伝わる振動が強くなってくる。


 すぐに起き上がれる態勢じゃない。


 避けたくとも今起き上がったところで避ける暇などないだろう。


 「間に合わないな……なら……ッ」


 衝突寸前。


 俺はギリギリのタイミングで目の前に自分の剣を地面に深く突き刺した。


 俺は魔力で強化された、柄を掴んだままの腕で自分の体を持ち上げ上へと逃げる。


 猪がその目を見開いたような気がした。


 横へは追撃はできても流石に上は無理だろう。


 上に逃げる俺に気を取られた猪はそのまま突き刺さる剣を巻き添えにして俺のいた樹へと衝突した。


 大きな衝突音と樹が揺れる音がダメージの大きさを物語っていた。


 「…………ブルルルッ」


 敵意に喉を鳴らすもその威勢は弱い。


 俺は転がる剣を拾い直し、ふらふらと足元の覚束ない猪の正面に立たないように気を付けながら近づいた。


 猪が俺を睨む。


 俺は戦いの終わりを告げる剣を猪の首へと振り下ろした。

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