恩返し?試練?1

 憂鬱な気持ちで目が覚めた。


 心のどこかでそんなはずはないと否定していた可能性が、決定的になってしまった瞬間から俺の気持ちは沈んだまま浮いてこない。


 しかし、気持ちに陰りはあるが、荒れるほどの物でもなかった。


 感情の揺れ動きが比較的乏しい人間であるのもそうだが、それ以上にやはり、そうかもしれないと頭の隅にあったのが大きい。


 目を逸らし続けてきた事が目の前で確定した瞬間、心の底で何かが落ち着いた感覚があった。


 慌てても何も変化はない。


 この森を調べて、できるだけ美味しい獲物を探して、この訳の分からない新しい世界の中で生きなければならない。


 一つ残念な事があれば、捜索の手が伸びる見込みが皆無になったところだろうか。


 それもあまり当てにしていなかったため、そう気落ちすることもなかった。


 俺はゴブリンがまだ食べられるかを確認して火を起こして串に刺したゴブリンの肉を遠火に当てる。


 陽は昇ったばかりだが、脱出の手がかりのための散策の時間が取れるか不安だった。


 なぜならゴブリンの肉が傷み始めているのが臭いから分かったからだ。


 過ごしやすい気温ではあるが、いくら川の水につけて冷やしていたとしてもそう長く保存は効かない。


 このままでは腐った肉を食べて本格的に寝込みことになりかねない。


 そのために今日は獲物を見つけて確保をすることが先決事項であり、そのための行動を優先するしかないのだ。


 捕獲が上手く行っても散策の時間まで取れるかどうかは不明だ。


 食事を終えた俺は溜息を一つ零して立ち上がり、行動に移ることにした。





 ◆





 深い森の中を進む。


 地面に何か手掛かりがないかを隈なく探しながらの散策は集中力を消費する。


 足跡があればそれを追って何か動物を探すことができるかもしれない。


 人間のような小さな足跡があれば注意をしなければならない。


 それはあのゴブリンの足跡である可能性が高いからだ。


 また襲われれば今度は勝てるかわからない。


 それに人の姿に近い生物の殺害は俺の培った倫理観を強く刺激する。


 できる事なら出会いたくない相手だった。


 「木の実か」


 枝に手が届く程度の低い樹に、茶色い木の実が成っている。


 俺はそれを一つ手に取って硬い殻をナイフで叩いて中身を嗅いだ。


 臭いはそれほど悪くない。


 少しフルーティーな香りがする。


 食べられそうだと思い、舌先に汁を一滴落とした。


 「甘い」


 甘さ以外に少し渋みがあるが、危険を知らせるようなピリッとした感覚はなかった。


 食用可能だと判断した俺はそれを集め、脱いだシャツに包んで持ち運ぶことにした。


 何か袋の代わりになるものがないと不便だと感じる。


 俺は大きな葉と紐代わりになるような蔦がないか辺りを探し回った。


 中々見つけられず、諦めようかと考えていた時草むらからごそごそと何かの気配が感じられた。


 俺は注意をそこへと向けてナイフを構える。


 草むらからそいつが顔を現わせた。


 ぴょこりと。


 「ウサギか……ウサギ!?」


 最後辺りの印象が強かった俺は初め拍子抜けして構えを解いたが、そのウサギが最初、命を狙ってきた危険生物であることを思い出して慌ててナイフを構えようとする。


 「っ……!!?」


 しかし時既に遅く、瞬発力でゴブリンをすら上回るウサギを相手に一瞬の油断が命取りとなった。


 もう避けることの敵わない距離にまで鋭い角が迫っている。


 どうにか腕を交差させて身を守ろうと動かすが、間に合いそうにない。


 角が目前に迫る。


 一直線に進み、そして直前で角が減速しウサギの体の後ろに流れていく。


 入れ替わるように可愛い小さな足が前に出るとそのまま俺の頬に突き立った。


 「ゲフゥッ───!!」


 ウサギによるドロップキックだった。


 あまりの衝撃に俺は目の前をチカチカとさせながら頭の中は疑問符だらけだった。


 そのまま後ろの茂みへと吹っ飛ばされる。


 草木が潰れて小さな枝が肌へと刺さる。


 ウサギが腰に手を当てて仁王立ちしていた。


 どや顔で。


 「いったぁ!お前!昨日の奴だろ!命を助けて貰っといてなんて仕打ちだ!!」


 頭にきた俺は生意気なウサギに怒鳴るがそいつの不遜な態度は変わらなかった。


 「くっそ……今日の晩飯にしてやるっ」


 恨み言を言いながら立ち上がる。


 すると近くに何かが目に入った。


 あっ、と声に出そうになったそれは子供が傘にできそうなほどの葉と丈夫そうな蔦の両方を持った植物だった。


 ウサギはフンッと顔を逸らすと満足したのかそのままどこかにいってしまった。


 「もしかしてこれを教えてくれたのか?」


 いや、ウサギが?


 それでは俺の一人零した言葉を理解して、気を遣ってくれたみたいじゃないか。


 あり得るのか?


 俺はもしかしたらそうなのかも知れないと頭に浮かぶが、一緒に浮かんできた鋭いドロップキックの威力と自分のキックが上手く行った喜びと仕返しができたことによるウサギの凶悪な笑顔を思い出して首を横に振った。


 「そんな事があるか。次見つけたらリエーブル・ア・ラ・ロワイヤルにしてやる」


 俺は葉と蔦を集めて踵を返した。

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