兎とお月見1
暖かい日差しに瞼を照らされて、俺を眠りから覚めた。
(夢じゃ、ないか)
目覚めた時、自分の部屋のベッドの上ならどれだけ良かっただろうか。
俺は疲れの抜けきらない重たい体をなんとか持ち上げて、眼前の川を視界に収める。
「ぉぉ、き……いだ」
太陽光をきらきらと跳ね返すこの小川は乾いた俺の心を癒してくれるには十分だった。
寝起きかつ、カラカラに乾いた喉で満足に喋れない俺はすぐに飲めそうなところを探し始める。
どっかの動画主が落ちてくる水なら安全性が高いと言っていたのを思い出して段差になっているところ、流れの速い水流に注目する。
見た目は澄んでいてとてもきれいだ。
必ずしも安全だとは言えない事は俺でもわかっている。
しかし、既に限界に達している俺の喉はそんなことを悠長に議論している暇などなく、すぐさま口を近づけてごくごくと勢いよく飲み始めた。
めちゃくちゃうまい。
体が欲して止まないからか、それとも単純にこの川の水質が優れているのか。
一瞬そんなことが頭に浮かぶが、すぐに忘れて夢中になって喉を潤わせていった。
飲みにくいため飲んだ量に対して時間はかかったが、十分なほど飲んだ俺は、ぷはぁっと息を吐いて顔を上げた。
そして喉を満たして冷静になった俺は、当たったらどうしようかと少し不安になった。
まぁ、このまま飲まずとも死んでしまうのだからどっちにしろ飲まない手はない。
余裕の生まれた俺はある場所に視線を移した。
そこには昨日から変わらず奴の死体が転がっていた。
俺が殺した生物。
多分、ゴブリンとか呼ばれる日本でも有名な架空の生物。
ごうしてこんなものが現れて、突然俺の命を狙ったのかはわからない。
野生動物だとしたら、捕食目的ではあると思うのだが、奴の目はそれ以外の愉悦が感じられた。
食物連鎖の上位というのはそんなものかもしれないが、そうだとしても俺はそんな生物の心の内など理解できるはずもなかった。
いや、理解したくないというべきか。
そんなことを考えていると突然腹の虫が鳴った。
殺生によるセンチメンタルでも俺の胃は知ったこっちゃないようだった。
辺りを見渡すが、食べれそうなものなんて見つかるわけもない。
キノコなんて探してもおいそれと食べれるわけもない。
火を通せば大体のものは食べられるなんてのは大抵のキノコには当てはまらない。
それが言えるのは大体が動物性のものだろう。
しかし、都合よく野生動物を見つけて捕獲するなんて……
俺は無意識に視線を奴に戻していた。
「いやいやいや、人型は流石に……」
シルエットだけなら人間の子供ともとれるそれを食べるなんて普通の人間なら抵抗感が凄まじいはずだ。
俺も例に漏れることは無い。
しかし、自分の意志とは裏腹に口の中に唾液が滲み始め、腹の虫が追加で駄々をこね始める。
「焼けば、食えるよな……」
緊急事態だから。
俺は自分にそう言い聞かせて覚悟を決めた。
◆
結局、腹が満たされるまで食べた。
量で言えば片腕一本分。
腹がかなり減っていたのもあるが自分でもびっくりするほどの食い気だった。
雑だったにも関わらず、腕の解体には随分を手こずった。
初めての火おこしは乾いた木材を探すのも時間が掛かったし、そこから実際に火をおこすのも大変だった。
火の付きやすい木くず等を探したり作ったりする時間が惜しかったため、靴下の表面をナイフで削りとってそれを着火剤代わりにした。
物が準備できても火おこし本番の錐揉みはもっと大変だった。
コツを掴むのに20分くらいかかったような気すらする。
そして自分が殺した奴の肉は───まずかった。
雑食生物なのだろうか、肉の臭みが強いし味も悪い。
倫理感が揺れ動く中でのこの味覚への追い打ちは普通に吐きそうになった。
しかし、そんなことやっていいことではないことくらい俺が受けてきた日本での情操教育で知っている。
どうにか吐き気を堪えて食べる事が出来た。
こんな状態でも腹いっぱい食べられたことには本当に驚いている。
人間というのは案外生きるということに対してがめついのかもしれない。
俺だけではないと今はそう思いたい。
◆
腹が満たされ、その後は奴の肉が腐らないように流れの速い川の浅瀬部分に付けておいた。
こうすれば明日くらいまでなら食べられそうだ。
実際のところは分からないが。
腹が満たされると人は幾分余裕が現れるらしく、やや食べ過ぎた腹が落ち着くまで俺は木陰に入って休憩に入ることにした。
森の中で食事を調達、調理をするというのは非常に大変であることを今日は実感した。
久しぶりにゆっくりと考えを巡らせていたその時、腹の調子が悪い事に気付く。
(食べ過ぎってわけじゃないよな?まさか毒があったのか?)
だんだんと気分が悪くなってくる。
座っているのもきつくなり横になる。
寝そべってしばらく、ようやく落ち着いてきて安堵した。
「やっぱり食べるべきじゃなかったか?」
スマホで時間を確認すると、おそらく1時間ほどダウンしていた計算になる。
「まぁ本当に悪い食べ物ならこんなに早く回復しないわな」
このくらいで済むなら危険なキノコ類を食べるよりかはマシだろう。
しかし安全な食べ物を探すのが優先なのは当然ではあるが。
全身に掻いた嫌な汗を流したくなった俺はカッターシャツとズボン、さらにパンツまで脱いで川の水で身を清める事にした。
汗を流し終えた後、再び服を着てこのあたりの散策をすることに決める。
しばらくこの川を拠点に食料探しや動物探し、この森を出るための手がかりを探すことにしたのだ。
俺は奴から手に入れたナイフを片手に川から離れた。
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