第118話
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「昴さん。3週目だって」
珍しく職場のフロアに現れた千捺さんが、西院さんに駆け寄りながら恥ずかしそうに告げている。
「おい、走るな」
咎めるような口調の癖に、俺が1ヵ月掛けてまとめた商談の書類を高らかに投げやる上司は、空っぽになった両手で彼女を抱きとめる。
「なんだ、あれ」
隣のデスクの三上がびっくりするのも無理はない。
職場の日本人には鬼の西院、こっちのやつらにはアイスマンと影で呼ばれている冷静沈着な彼らしからぬ光景。
ざわめくフロアに「悪いが早退する。妻が妊娠した」と未だ彼女を抱き締めたまま宣言する、我が上司。
呆気にとられていた社員一同が、一斉に祝福の言葉を口々に声に出す。
隣の三上ですら「パパさーん」なんてここぞとばかりに戯けているのに、俺は何も言えない。
いつかはそんな日が来るだろうと思ってた。
当たり前だ、彼らは夫婦だ。
だから「おめでとうございます」と言えばいいだけなのに。
俺って、最低だ。
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