第100話

日本の本社からわざわざ打診に訪れた比留間部長に、昴さんは昇進よりも日本での勤務を望んでいると告げたのだけれど、それは彼の本意でないことはあきらかだった。



婚約当初、きっと2年くらいで日本へ戻れると私に言ったことへの、彼なりの配慮だったはずだ。



だから私は昴さんがしたいようにと背中を押したのだ。



例え日本に戻って本社勤務だったとしても、いつまた転勤になるかもしれないのなら、住み慣れているロンドンで過ごす方がよっぽとマシだし、ロンドン支社での仕事にやりがいがあると話している彼の為にもそれが一番だと思ったからだ。



滞在期間の延長やその他諸々の手続きの為に、昇進を受けた昴さんとともに一時帰国していたのも、数日前のことである。



私や昴さんの両親や家族は、とても残念がっていたけれど仕方がない。



気になっていた千晴と輝政さんは、デリカテッセンを来月にオープンする出店準備で大変だと零していたけれど、初めて見るくらいにふたりは互いを労り合っていた。




「リジー……ごめん」



想い人の名を呟きながら、リビングのソファに寝込んでしまった琴平さんに、私の胸すらも痛くなる。



先に酔いつぶれてしまった三上さんをゲストルームへと運んでいた昴さんは、羽布団を片手に戻って来た。



「ここで寝させていいの?」



「こんな情けない姿、琴平だって三上に知られたくないだろ」



クッションを頭に差し込んで布団を掛けてあげると、琴平さんの閉じた瞼からは涙が静かに流れた。



「昴さんも、辛かった?」



きっと彼も経験者だ。



「別れは普通、辛いものだ。コイツなりにブレーキ掛けてたんだろうな」



「どうにもしてあげられない?」



「決断したのは琴平だ。それに僕らが口出しすることじゃない」



昴さんも琴平さんも、こんな辛い経験をたくさん越えて来たのだろうか。



湊くんとのことでしか計れない、私の乏しい恋の経験では想像もつかない。



ましてや、私の場合は恋愛ではない。

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