21 母になって
第93話
出産予定日の一週間前。
賑やかに日本からやって来た母の顔見て安心したのか、力が抜けてしまったのか、再会の挨拶も言い終わらぬうちに陣痛が始まった。
英語が話せずほぼパニック状態の母を黙らせて、お隣のハミルトン夫妻を頼ると、しばらく様子を見てから病院まで連れて行ってくれた上に昴さんの会社へも連絡してくれた。
遠くの実家よりも近くの友人こそ、頼れるべき存在だと実感する。
十数時間を要して元気よく誕生した倫とは対照的に、私の体調はあまり芳しくなかった。
出産の翌日に退院してから数日後、滅多に病気すらしない健康体の私は、流行りの夏風邪を拗らせたせいで、倫ちゃんとも引き離されて1階のゲストルームで寝込むことになったのだ。
「倫ちゃんは?」
「お義母さんが見ててくれてるから、千捺は心配しなくていい」
「昴さん、疲れてるんだから2階で休んでくれていいよ」
セミダブルとソファを押し込んだゲストルームは、普段は琴平さんたちや千香夫婦の滞在に使うくらいで、正直寝るだけの部屋で狭苦しい。
当初はここに母を休ませる予定だったけれど、私が風邪をひいているせいで、母は2階の子供部屋で倫ちゃんの世話をしながら、滞在してくれている。
「何度も言わせるな。千捺とは、ずっと一緒に寝る」
「風邪うつっちゃうし」
「それならとっくにうつってるはずだ」
心配する私をよそに、昴さんは強引に私の隣に滑り込むと、頬を撫でながら額を乗せてくる。
「処方して貰った漢方薬、母乳には問題ないんだから飲めよ」
「これでも随分マシになってるから、心配しないで」
本来なら、あんなに倫の誕生を待ち望んでいた彼が、倫でなく私を構ってくれることに申し訳なさを感じる。
けれど昴さんは、会社から帰ると甲斐甲斐しく私の面倒を見ようとするのだ。
身体を拭いてくれたり、搾乳を手伝ってくれたり、夜中に冷却枕を取り替えてくれたり。
「倫のことも大切だけど、千捺だって同じように大切なんだ」
だから早く元気になれと、昴さんの抱擁を受けながら瞼を閉じる。
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