第92話

結局は出産経験者の千香の説得に押し切られて、昴さんは助手席に琴平さんを、後部座席に千香夫婦を乗せてサーキットへと出発した。



その間、私はハミルトン夫妻のおうちで彼らが帰るまでプチステイすることになったけれど、それはそれなりに楽しく過ごせた。



なんだかんだ言ったって、昴さんもリフレッシュができたみたいで、私はそのことが一番嬉しかったのだ。




千香夫婦が帰国して、出産予定日まで10日を切った頃、すでに1階のゲストルームに就寝場所を移していた私たちは、お腹の子供に話し掛けていた。



「早く出て来いよ、倫。パパ、待ち遠しいんだぞ」



私のお腹に唇を寄せて呟くと、倫ちゃんがぽこぽこと反応する。



「ん。良い子だな」



産まれて来る子供の名は、渡英当初にキューガーデンを散策中に彼と考えたもの。



そして、昴さんの直感通りに、女の子だ。



「倫ちゃん。そろそろ寝ようね」



………ぼこん。



「もう少し、倫はパパと喋りたいよな」



ぽこぽこぽこぽこ。



満足げに私を見上げる彼は、すでに娘にメロメロだ。



しかも、私よりも彼の声に快く反応するこの子は、きっとファザコンに育つだろう。




この10ヵ月で私と昴さんは、親になる自覚を少しずつふたりで積み重ねて来た。



たくさんの昴さんの新しい一面に出会えた。



きっと彼も私のそういうものに気付いているかもしれない。



夫婦であり、私たちは倫の親になる。



欲しいと願っていた昴さんと私の赤ちゃん。




それは、あと少しで叶うんだ。

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