第91話

当初、年末年始を日本で過ごそうと計画していた帰国を取り止め、私たちは静かにロンドンでお正月を過ごし、2度目の春を迎え、互いの誕生日を祝い、そして千香夫婦が公言通りにやって来る6月下旬を迎えた。




「うわぁ。妊婦ちゃんの千捺ちゃんだ」



「煩いよ、智充。で、来月だよね産まれるの」



「ん。あと2週間くらいでね」



今年もF1観戦の為に遥々来た千香夫婦を、すっかり大きくなったお腹で出迎える。



「母さんがさ、予定日の1週間前からやっぱこっちに来るってさ」



「大丈夫だよ、お隣さんのハミルトン夫妻が毎日顔を出してくれてるから」



そう。



まるで自分達の孫が産まれるかのように、すごくよくしてくれているのだ。



「それより、昴さんをサーキットに連れ出してあげてね。私が黙って観戦チケットを4枚とったことを未だに怒っててね、行かないって拗ねてるんだ」



チケット発売開始の時点で、私が行くことが無理なのは当たり前だけど、昴さんには行って貰いたいと思って手配したのだ。



千香夫婦と昴さん、そして連れてって欲しいと言っていた琴平さんの分を含めての4枚なんだけど。



『身重の千捺を置いて行ける訳ないだろ』



夫婦喧嘩と言うには大袈裟だけれど、こんなに意見が割れたことが初めてで、正直まいってるんだ。



まあ、泊まりの出張なんかの時は、私をお隣さんに預けて行くくらいだから仕方がないのかもしれない。

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