第87話

トラフィックがマシになるまで、サーキット内で私たちは簡単な夕食を摘むことにする。



智充さんは公式パンフレットをパラパラと捲りながら、「こんなにドライバーのサインが集まるなんて日本グランプリがある鈴鹿では考えられないことなんだ」と国内観戦の経験談を話してくれた。



「僕もメルボルンに赴任中、開幕戦で行ったけど比較的にサインが貰い易いセキュリティだったかな。街からトラムで20分くらいで行けるし、コースは単調だけど移動は楽でしたよ」



そんな風にひとつの話題でいつまでも語れる昴さんと智充さんを垣間みながら、千香と「結構楽しかったね」と笑い合う。



「もっと早くに智充の趣味を理解してあげてたら良かったって反省してる。自分は興味がないからって誘ってくれても行かなかったけど、これからは一緒にふたりで出掛ける努力をしようと思う」



千香がぽつりと私だけに吐露した言葉に、胸が熱くなった。



「私もそうできるようにしたい」



「千捺なら大丈夫だよ。こういうのはすれ違うと大きくなるだけだから、早く気付いたもん勝ちなの。今さらだけど私も気付けて良かった。誘ってくれた昴さんに感謝だよ」



私もそう感じている。



私と千香夫婦。

そして、千香と智充さん自身。



昴さんのお陰で、好転していると実感できる。




その日、興奮も覚めやらぬまま自宅に戻る私たちの車中は、いつまでも笑顔とおしゃべりが絶えることはなかった。



幸せで充実している、ひとつの家族の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る