16 新たな生活

第72話

甘いふたりだけの3週間を終えると、昴さんは地下鉄で20分の場所にあるロンドン支社へと出勤するようになった。



彼が会社へと出ている時間は、午前中に家事や買い物を済ませてお隣のハミルトン夫妻の家にお邪魔するか、街へと散策に出掛けている。



当初は迷わないかと不安だったけれど、昴さんとの散歩で土地感ができているのか、ひとりでもそれなりに冒険できた。



日本の食材を扱う小さなストア「大和魂」では、こちらで生活している日本人の主婦仲間や学生とも知り合えて、少しずつ私のネットワークも広がっている。




「千捺。夕食に琴平たちを呼んでいいか」



本社勤務の頃よりも残業が少なく帰宅も早くなった昴さんは、独身の部下をよく我が家へ招くようになった。



「じゃあ、お鍋にしよっかな。たくさんの人数で食べた方が美味しいから」



「きりたんぽ鍋にしてくれ」



ご飯を適度に潰してオープンで焦げ目を付けた、なんちゃって風のきりたんぽを昴さんは気に入ってくれている。



これは大和魂で知り合った熊谷さんと言う40代の主婦に伝授された技だ。



彼女には手軽で簡単な「なんちゃって風」の郷土料理をいくつか教えて貰ったお陰で、乏しかった私の和食レパートリーにも変化が出始めて、昴さんも夕食が楽しみだと言ってくれるようにもなった。



完全に彼の胃袋を掴むまでには到ってはいないけれど、少しずつそうなって行けるようにと、私も日々努力するようになっている。

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