第66話

「本当に懐かしい、だけなんだね」



ぽつりと正直な言葉が漏れた。



「え?」



キョトンと見返す園子たちの顔に吹き出してしまう。



あんなに好きだったのに、やはり時間と言うものには適わない。



昴さんと出会って結婚して、すっかり彼のことなんて忘れてしまっていた自分に、気付いたのだ。



「私ね、あの頃、湊くんが好きだった」



当時は絶対に言葉にしなかったセリフを簡単に言える。



それは、もう過去だから。



「そんなの気付いてたに決まってるでしょ。わざわざ遠い他校まで引退試合に付き合わされたんだから」



沙苗が今さら何告白してんのよ、と可愛い顔で睨んだ。



「千捺は結婚したんだよって湊くんに教えたらさ、玉砕した青春の古傷抉るなって言って懐かしそうに笑ってたよ」



園子のセリフに当時の彼の笑顔を思い出す。



「無駄に爽やかなヤツだったよね」



「翠って彼氏と別れたでしょ、湊くんもフリーらしいからどうよ」



「それないわ〜」



それから園子や沙苗の現在進行中の恋バナに花を咲かせた。



彼女たちと共通する考えもあれば、全然違う部分もある。



まだまだ遊びたいと言う彼女たちも真剣に悩んで恋愛してる。



そんな恋や恋愛なんて私には到底できないけれど、昴さんを大切に思って心が温かくなる気持ちと大差はない。



独身時代には味わえなかった喜びを、昴さんと一緒に叶えている今の自分は幸せだ。



そう気付くだけで、今すぐにでも彼に会いたいと思った。




「今日は彼の好きなビーフシチューにしよう」



彼女達と別れてスーパーへと向かう私の足取りは、とても軽やかに動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る