第65話

梅雨の時期の席替えで隣同士になって、よく喋るようになった。



朝練で疲れて眠ってしまった彼の為に、必死にノートをとって貸してあげたこと。



引退試合に誘われて、園子たちと一緒に他校のグラウンドまで応援に行った。



部活を引退した彼とは、それから毎朝駅で顔を合わせた。



「同じ時間だね」と照れ笑いしながら、学校までの長い坂道を一緒に歩く登校時間が好きだった。



電車が遅延になった日は、遅刻することよりも彼と一緒に登校できないことが悲しかった。



後夜祭のステージを2階の渡り廊下の特等席でふたり並んで眺めた。



そしてその後に、告白されたこと。



凄く嬉しかった。



私も好きだと答えたかった。



けれど私は彼から逃げたんだ。



その後、登校時間に彼と駅で鉢合わせることもなくなった。



そのまま口も聞かずに、卒業までを過ごした。



淡い恋心だけで充分だったはずなのに、校門を出て行く彼の背を見つめながら、私は失った恋の為に初めて涙を流した。




何度も諦めた恋があった。



けれどそれは湊くんへの恋に比べたら、曖昧な輪郭のないものだと知った…はずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る