第60話

「あるよ。でも結局は彼女たちと結婚するには到らなかった。結婚像と現実が追い付いてなかった時期もあるし、相手の気持ちが離れて行ったり僕自身が冷めたり、タイミングが合わなかったのもある」



「そっか」



「そんな経験があったから僕は千捺に出会えたんだと思ってる。本能的に千捺を逃したら駄目だと感じたんだ。そう言う意味では、結婚を一番に意識して積極的に行動したのは、千捺が初めての女性だ」



痛かった胸に嬉しさが充満する。



誰かの初めてになれる喜びを知る。



それが昴さんだから、格別なのだ。



「千捺。僕は結婚して幸せだよ。僕の為に苦手な料理を頑張ってくれているし、僕の両親や家族にも馴染もうと努力している。だから千捺はもっと僕にいろんなことをぶつけたらいい、ちゃんと受け止めるから」



瞳からぽたぽたと流れ出る涙を止めることは無理だ。



よしよしと背中を撫でる昴さんの温かさをもう手放すことなんてできない。



「私も昴さんと結婚して幸せです」



必死に声に出して告げることの大切さと重みを知る。



黙っていてもわかるだとか、察してくれるだとか甘えたらいけない。



言葉や態度で示さないと、伝わらないものがある。



昴さんはそれを私に教えてくれているんだ。



私たちには、その積み重ねこそが必要なのだから。




その夜にふたりでついた除夜の鐘は、大きく彼の郷里に響き渡った。



彼の過去に抱いていた不安ごと、私の煩悩と共に消えてしまえばいいと願った。

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