第55話
彼と暮らすようになって、ふたりで居るときはニュース以外のテレビをあまり観なくなった。
静かにテーブルを挟んで、お茶やお酒を飲みながら会話する、この一時がとても落ち着くからだ。
「じゃあ、僕からのプレゼントはこれ」
差し出された茶色の箱を開けると、そこにはオレンジピールの砂糖漬けが詰まっていた。
「この香り、もしかしてあのレストランの」
そう。
モエのロゼを初めて味わったあのレストランで、締めくくりのコーヒーと一緒に出されたのが、このオレンジピールの砂糖漬けだった。
洋酒を少し含ませた香り豊かなそれを、私はとても大事に口に含んで、ゆっくりと味わったのだ。
ドルチェとして売っているのかと、昴さんを通してお店の人に聞いて貰ったけれど、答えはノンだった。
「パリの営業部にいる先輩に聞いてみたら、あの店と取り引きがあるらしいんだ。だからふたつ返事で特別に用意してくれたんだ」
あまりに嬉しくて涙が止まらなくなった。
どんな宝石よりも、どんな高価なものよりも素晴らしい贈り物だ。
「ほら、一緒に食べよう」
「はい」
ほんの数週間前にパリで訪れた一軒のレストラン。
そこで味わったシャンパンとオレンジピールの砂糖漬け。
ふたりで過ごす初めてのイヴの夜に、偶然にもそのふたつを私たちは贈り合ったのだ。
ささやかに訪れた夫婦の奇跡を、私は決して忘れまいと心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます