第29話
昴さんは私の髪を梳きながら頬や瞼、そして唇にキスを落とした。
ボディーソープの香りに交じった昴さんの肌の匂い、そして彼からのキスの味。
ゆっくりと優しく愛撫されるような唇の動きに、私は何も考えられなくなって、ただただ熱くなる身体の疼きに耐えるしかない。
そんな私を見透かしたであろう彼は、深く舌を絡めとると一気に激しさを増して私を翻弄させた。
流れ込む唾液を無意識に飲み込み、息苦しさを訴えかける私の身体は彼にしがみつくように動く。
布越しでも伝わる逞しい昴さんの身体の感触。
自分とは違う、男のそれをもっと確かめたくなる。
彼の吐息に重なるように、唇の隙間から響く自分の声は強請るような甘さを含んでいる。
すべてが自分の知らない私の一面。
はあはあと胸を大きく上下させて酸素を求めてしまう感覚は、持久走を終えた直後のように乱れている。
キスがこんなにも激しく苦しいものだとは思わなかった。
彼の腕の中にぎゅっと閉じ込められた私は、バスローブ越しに感じる彼の体温と鼓動を感じながら火照る身体をそのまま預けた。
「しばらくこうしててあげるから、千捺はもう眼を閉じて眠ればいい」
とくとくと心地よい彼の心音に誘われるように、私は彼の胸元に頬を寄せて瞼を閉じた。
それは幼い頃、母の布団に潜り込んで眠っていた頃の安心感によく似ている。
守られているような、ここが一番好きと言える場所のように。
「おやすみ、僕の可愛い奥さん」
昴さんの優しい声を微かに感じながら、私は深い眠りの世界へと堕ちて行った。
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