第7話 運命と酒瓶

愛というもの 故なのと

あいつはたしかに そう仰るが

わたしの身から してみたら

ただの鈍い 痛みばかりで


拳をふるう そのときに

あいつはいつも 泣いてるけれど

わたしはむしろ 無表情

心はどこか 彼方に避難


窓から見下ろす 雑踏に

ひとこと大声 叫んでみたら

何かが変わる かもしれないが

なんだかそれも 億劫だ


ある夜あいつは 千鳥足

辺りに漂う 酒の臭い

ぎょろりとわたしに 目を向けて

拳を握り 振り上げる

世の無常への はけ口を

わたしに向けて いるわけだ


顔を隠し 背を丸め

わたしの心身 防御態勢

痛みを背中に 受けるたび

体がぐらぐら 揺れていて

右手をふと 伸ばしてみると

あいつが空けた 酒瓶の感触


わたしは何も 考えず

その手に酒瓶 握りしめ

身を起こして 振り向きざまに

頭めがけて 振り抜いた


割れる酒瓶

あいつの呻き

額から流れる 血の滴


「弱虫。本当に殴らなきゃいけないのは、他にいるのに」


わたしはひとこと そう叫び

裸足のままで 飛び出した

雨降る中を 飛び出した

足には濡れた アスファルト

わたしは無心に 走り続ける


ここではないどこか

どこでもないここか


何一つ解決 しないだろう

別の困難に 切り替わる

助けてあげよう その言葉を

信じられるほど 無垢でもなく


それでもわたしは 一人立つ

傷だらけの足で 一人立つ

雨粒を受けて 一人立つ


己の生命の 感触を

この手でしっかり 確認し

生きることで 体現する

魂の叫び

すなわち



否、否、否


降りかかる何かの そのままに

流されたとて 抵抗す

存在をかけて 抵抗す


“運命”の脳天に

酒瓶を振り下ろす

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