第6話 勇者と巨悪

なにひとつ覚悟もないのに

剣など持たされ

洞窟の奥に赴き

目の前に対峙するのは

見上げるほどの大きさの

黒い怪物

脳裏に

“巨悪”

という言葉がよぎる


唇は震え

足がすくむ

すべて放り投げて

逃げ出したいが

洞窟の入り口には

殺気立った目の

村人たち


村人は

犠牲を欲している


怪物が近づいてくる

視線を落とすと

足下に水たまり

そこに反射して映る自分は

目の前の怪物と同じくらい

黒い

振り返ると

村人たちも

黒い


怪物も自分も村人も

それぞれがそれぞれの生存をかけて

何かから収奪し搾取する

脳裏によぎった“巨悪”は

怪物に対してではなく

ここに存在するすべてに

向けられたものだと気づく


ぼくの足はもう震えてはいない

ぼくは剣を握り直し

身を翻して

まっすぐ村人に向かって駆け出し

迷いなく斬りかかる


怨念と凶暴が渦巻く中で

己の生存をかけ

折れた剣を糧に

戦うことが勇気というなら

ぼくはまごうことなき

勇者である


目の前には

隣家のおじさんが

ぼくに刃を突き立てられ

命乞いをしている


背後には怪物の影

村中が阿鼻叫喚の混乱


巨悪とは……

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