第20話 こうして龍は人権を得る

 しばらくして、フランは1枚の紙を持って龍人の家に帰ってきた。


 そんなフランのことを、部屋から飛び出してきた七人の子供達が出迎えて囲んだ。


「おかえりおかえり!」

「あのおじさんに泡吹かせられた?」

「いいや、泡吹かせるならあの真っ白なおばちゃんの方だね! アイツが投げてきた卵の臭い、今でも忘れられない!」

「落ち着いてくれ皆。村人達にはいろんな目に遭わされただろうが、もうその心配は要らない。もしもう一度被害に遭うようなら、今度はちゃんと村長さんに言うんだぞ」

「でもあの人、僕達の話し聞いてくれないよ!」

「嫌でも聞かなきゃならないよう追い詰めてきたのさ。もし村人が君らに手を出したり悪口を言おうもんなら、そいつは二日間外に出られなくなるぞ!」


 歓声を上げ、お互いに抱き合いながら喜ぶ子供達。その様子をシルヴィと共に遠くから見ていたシペは、目を見開いて驚いている。


「言っただろ? アイツは本当に、お前の兄貴や姉貴達と打ち解けてんだって」

「……確かに、動かぬ証拠だね……」

「つうか聞いたか? 今日も喧嘩ふっかけてきたあのばあさん、もうアタシらに手を出せないんだってさ! ざまあないぜ!」

「ふふ、ちょっと胸がスッとするね。私達、一生こんな思いをすることはないんだろうなと思ってたのに」


 やがて子供達は部屋に戻り、フランが寄ってくるのを悟ったシルヴィはシペに部屋に帰す。


「ナツさんは?」

「アタシの部屋で荷物をまとめる手伝いをしてくれてる。呼んでこようか?」

「そうしてくれ」


 シルヴィがキッチンのすぐ隣にある部屋のドアを開けて中に入ると、すぐにナツがシルヴィの背後に続く形で部屋から出てくる。


 それから間もなく三人がテーブルに着くと、フランは机の真ん中に持っていた紙を置いた。


「これは、村長と交わした契約が書かれた書類です。このほかにも同じ書類が村長側に渡っており、どちらも村長の血判と自署を頂いています」

「万が一向こうが約束を忘れても、これがあれば契約の正当性を主張できるって訳だな! ナツ、大事に取っとくぞコレ」

「無論、しっかりファイリングしておきます」

「良い報告は悪い報告のあとに。まずは彼女が襲われた理由について、村長から聞き出した内容を話したいのですがよろしいですか?」


 二人が頷くと、フランは村長が話した内容を簡潔に説明した。説明の中でフランは、村長が隠したがっていたであろう裏の意図も二人に伝えた。


 話を終えると、俯いて溜息をつくナツとは対照的に、シルヴィは怒りに満ちた表情で机を叩く。


「やっぱりアタシの予想は合ってたな! どうする、今からでもとっちめに行くか!?」

「殴りに行かずとも向こうが痛い目を見るよう、フランさんにあの場を任せたのでは?」

「……そうだったな。そんじゃフラン、向こうとどんな契約を結んできたか教えてくれ」

「僕が向こうと交わしてきた契約は三つ。一つは、僕は村に対して月に20万ゴールドを『防衛費』として送金すること。二つ目に――」 


 フランの次の言葉を遮るように、シルヴィは両手を机に叩き付けて立ち上がる。


「おい待て! なんだその防衛費って! それに月20万もアイツらに渡すのか? 納得いかん!」

「じゃあまずは防衛費について詳しく。コレは村の武装化にのみ使うという制約付きの支給で、毎月用途を僕に報告する義務がある」

「なんとなくそうだろうなってのは分かるさ! でもなんでそんな事に金を使わせ――」

「よく考えてみてくれシルヴィ。人間が作った兵器で、君達龍人に傷を付けられるかい?」


 顎に手を当てて少し考えるシルヴィ。


「……付けらんないな」

「だろう? そして僕は、その予測を村長や村人達には伝えてない。今頃村の人達は、『やっと龍人を撃退できる力を手に入れる準備が整った』、なんて夢に陶酔してるだろうさ」

「ハハ、まじかよ――」


 シルヴィがニヤつくより早く、隣にいたナツは思わず吹き出してしまう。思わず反応が表に出てしまった事でナツは顔を真っ赤にし、口を両手で覆って机に頭を伏せてしまった。


「このようにして村人達が虚構の優越感を得たことで、残り二つの掟を心良く聞いて貰う事が出来たんだ」

「ナツはこんなになっちゃったが、アタシが聞くから続けてくれ」

「わかった。玄関で子供達にも言ったが、二つ目の契約は龍人に対する差別的な言動を禁止すること。掟を破った者は禁錮刑を食らう」

「村での買い物が精神的に億劫にならないってのはデカいな。それで三つ目は?」


 フランはポケットから、一本のミネラルウォーターとレシートを取り出して置く。


「三つ目は、『龍人価格』の廃止さ。君達はよくコレを買うだろうが、レシートに書かれた価格を見てどう思う?」


 シルヴィがレシートを手に取ると、まもなくギョッと目を見開く。


「おい、なんだこの安さは! アタシ達が普段買うより、ええっと……」

「八倍安い。村にある商店は結託していて、君らが買い物に来る時間が近づくと一斉に値札を差し替えるんだ。だから、これが正規の値段ね」

「ひっでぇ話だぜ……」

「しかしもう大丈夫さ。契約によって商店は今後定価以上の価格で物を売れなくなったし、それを商店側に伝えたときも、店主はみんな下卑た笑みを浮かべながら承諾してくれた」

「……聞くが、店主達はアタシ達を憐れんでるように見えたか?」


 静かに一回頷くフラン。シルヴィは少しの間黙り込むが、耐えきれずに吹き出してしまう。


「ハハハハハハ! 憐れなのは自分達の方だって、マジで気付いてないのかよ! なあ、今すぐアイツらに会いに行っちゃだめか?」

「ダメ。そろそろ電車に乗らないと日帰りできないから」

「ちぇっ、ケチ。けどまあ、家が長年溜めてきた恨みを晴らすには十分な成果だった。ナツもそう思うだろ?」


 ナツは顔を伏せたまま深く息を吐き、顔を上げてから頬を叩き、表情をリラックスしたそれに戻す。


「そうですね。フランさんには返しても返しきれない恩を戴きましたし、これからも戴き続けるでしょう。もし今後私達の力が必要な時が来たら、いつでも頼ってくださいね」

「僕は貴女方を守ると誓った身です。保証すると決めた財政面で貴女方を頼る事は避けたいですが……またいつか、休暇中にここを訪れてもよろしいでしょうか?」

「もちろん! いつでも歓迎致します!」


 笑顔で頷くナツに、フランもまた微笑み返す。


「報告は以上です。荷造りがまだなのでしょう? 終電が来るまであと30分しかないので、なるべく急いで頂けると幸いです」

「あっ、そうじゃん! ナツ、作業に戻るよ!」

「ええ、テキパキ済ませましょう」


 二人は一斉に立ち上がり、シルヴィの部屋に駆け込むのだった。

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