第21話 旅立ちの時に
二人の荷造りが終わるのを、机に顔を伏せて待っているフラン。
(……深夜二時に起こされたと思えば列車で事故に遭い、龍人達の前で生肉を食べて腹を壊し、と思えば近くの村で大きめの交渉をするハメになった。すっごい疲れた……)
フランは深いため息をつきながら体を起こし、隣に置いてあったミネラルウォーターのボトルのキャップをひねって飲む。
その時、子供達がいる部屋の扉がゆっくりと開き始める。少しして部屋から顔を出したのは、シペだった。
「君は確か、シペと呼ばれていた子かな」
「……もう行くの?」
「あぁ。荷ほどきも終わりかけと見えるし、シルヴィが部屋から出てきたらすぐにでも行くよ」
「そっか。じゃあ私、間に合ったんだ」
シペは深々と頭を下げ、それを見たフランは肩を震わせて驚く。
「ごめんなさい、始めて玄関で会った時に失礼な態度取っちゃって。目が合ったのに、何も言わず目をそらして、怖がってるのを見せつけるように……」
「……今になって謝ったのは、もしかして他の子供達が僕に懐いてるのを見たからかい?」
「そうだよ。だから良い人なのかなって」
フランは席を立ち、中腰になってシペと目線を合わせる。
「皆が納得してるからって、自分もそれに合わせてなあなあに納得するのは良くない考えだよシペ。人を信頼する理由は、自分がちゃんと心から信じられる物にしないと」
「そ、そう?」
「うん。揺らがぬ自我を心に持つことが、この世をたくましく生きるコツだからね」
「……だったら、今の貴方の言葉を信じる理由にする。嘘つきは、無条件に信じることは良くない事だなんて言わないはずだし」
「いい根拠だね、それなら問題ないと思う」
そう言って笑顔で頷くフラン。
「ありがとう。あとね、私が貴方に会いに来たのは謝るためだけじゃないんだ。お近づきの印に、ある物を渡したくて」
(押し花のしおりとか手作りのお菓子とかかな。こういうの久しく貰ってないから、楽しみだな――)
シペは突然スカートを右手で上げ、小型のリボルバーが仕舞ってあるホルスターを巻いた右足を露出する。
「わわ、何してんの!?」
「コレをあげようと思ってるんだけど、やっぱり貰うならホルスターも一緒の方がいいよね?」
「……そ、そうだね。剥き身で持ち歩く訳にはいかないし(今の光景、シルヴィに見られなくてよかった……)」
スカートを腕で押さえたまま、左手でホルスターのベルトを外していくシペ。こうして右足から取り外されたホルスターは、拳銃と一緒に間もなくフランの手に渡った。
「それ、何十年も前に別れたお母さんから貰った物なんだ。それがあれば、誰に騙されても生き延びられるって言ってた」
「そんな大事な物、僕に渡してもいいのかい?」
「うん、もう大丈夫。貴方とナツおばちゃんがいれば、銃を使う機会なんか来なさそうだし。というか、それが貴方の役に立つかどうかの方が心配」
「ふむ……プレゼントを貰う側がする質問ではないと思うけど、弾はあるかい? それがあれば、いくらでも役に立てられるよ」
「あるよ。取ってくるね」
駆け足で部屋に戻って行ったシペ。そんなシペと入れ違いになる形で、反対側の部屋からナツが出てくる。
そんなナツは、巨大に膨れ上がったリュックサックを背負ったまま無理矢理出ようとするシルヴィを宥めている。
「ま、待ってくださいシルヴィ! 無理ですよ! 出ませんって!」
「もうちょっとで出られそうなんだ! む~~~!!」
「違うんです! 扉の上の壁にヒビが――」
その時、バキッと大きな音を立てて扉とその上の壁が壊れる。突然支えが取れたことでシルヴィは前に投げ出され、顔から地面に倒れ込んでしまう。
「あ~~~~~!!」
頭を抱え、膝から崩れ落ちるナツ。そのやり取りを遠目に見ていたフランは吹き出しそうになり、口を両手で押さえて笑いを堪えていた。
少しして、上にのしかかるリュックを何とか押しのけて起き上がったシルヴィは、ナツの背中を撫でて慰めだした。
「その部屋、私の寝室にしようと思ってたのに……やっと地べたで寝る生活から卒業できると思えば……」
「ごめんよナツ! でも大丈夫、半年後にはその壁を直せる位の仕送りができるようになってるだろうし!」
「……気の遠くなる話ですねぇ……」
気まずそうにナツの傍を離れたシルヴィは、フランの前にシペの拳銃とホルダーが置いてある事に気づく。
「ん、それシペから貰ったのか?」
平静を取り戻すべく深く息を吐き、フランは胸を二回叩いてからシルヴィの方を向く。
「役立てて欲しい、ってくれたんだ。今、彼女に弾を取りに行ってもらってるところ」
フランが言い終えた丁度その時、シペが小さな弾薬箱を持って部屋から出てきた。
「……何これ? 扉は派手に壊れてるし、ナツおばちゃんは絶望してるし。情報量多過ぎ」
「シペもすまんな。お姉ちゃん、立つ鳥なのにめちゃめちゃ跡濁しまくっちまった」
「ま、姉ちゃんらしくて良いんじゃない? はいフラン、コレが手持ち全ての弾薬だよ。少ないけど受け取って」
「ありがとう、大切に使うね」
フランは箱を受け取ると、それを圧縮してポケットの中に仕舞う。
「それじゃシルヴィ、行こうか」
フランが立ち上がってそう言うと、シルヴィは全身をビクッと震わせて唇を結ぶ。
「……」
黙り込み、呆然と立ち尽くすシルヴィ。その様子を見かねたナツは、正気を取り戻して立ち上がる。
「永遠のお別れではないのですよシルヴィ。フランさん同様、貴女もいつだって戻ってきて良い。家はいつも、見慣れた風景を維持して貴女をお待ちしています」
「おばちゃんの言うとおりだよ姉ちゃん。あと長女だからって気を張りすぎず、無理しない程度に頑張るんだよ! 私達も応援してるから!」
「……二人共」
シルヴィは目に涙を浮かべるも、腕で乱雑に目を擦った後、微笑んで一回頷く。
「――うん、行ってきます!」
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