第19話 契約成立
十数分後、視察を終えたフランと村長はボロボロの木造家屋の前にたどり着く。
「――と言った具合で、村の案内は終わりだ。そんで今俺達の目の前にあるのが俺が普段仕事をしてる執務室。にしちゃあ少しボロっち過ぎるか? ガハハ!」
(……村の外観は、いたってありふれた農村って感じだったな。けど、異変は確かに商店の値札の裏に隠されていた)
「あー、お前実はあんま笑わないタイプか? つまんねぇの。じゃ、さっさと本題に入っちまうか」
(見学の合間に村にある全ての商店の値札をランダムに調査してみたが、そのどれにも龍人用の値札が裏に隠してあった。しかもその値段は、定価の8倍と来た)
村長は頭を掻きながらドアを開け、フランへ中に入るよう促す。
(大分好き勝手していた様だけど、僕が来たからにはそうはいかない。報いを受けさせてやるとも、必ず)
フランは真顔を貫いたまま、家に上がり込んだ。
◇ ◇ ◇
埃まみれの机を挟んで向かい合う二人。フランが堂々と背筋を伸ばして座っているのに対し、村長は少し気落ちしている様子だった。
「……あぁもう、いつだって損するのは俺なんだ。助けないと決めたのは村の連中だってのに」
「後悔するなら反対を押し切って助け出せば良かったじゃないですか」
「ここは村社会だぞ! 一度でも民意に逆らう様なことをしたら、たとえ村長でも村に居られなくなる!」
「失礼しました。では気を取り直して、例の件について説明を頂いても?」
「冷たいな……いいよ、分かったよ」
それから村長は途中途中で言い訳を挟みつつ、必死かつたどたどしい口調でフランに説明をした。
あまりに冗長でわかりにくい説明だったからか、何とかわかりやすくまとめようと必死に頭を働かせるフランの表情は非常に険しくなっていた。
そんなフランがどうにかこうにか簡潔にまとめた『シルヴィが襲われた経緯』は、以下の通りだった。
◇ ◇
村長は悩んでいた。最近になって、遠坂ナツが冒険者を辞めさせられた影響で、家の長女であるシルヴィが職探しのため都会に出たという噂話を聞いたからだ。
シルヴィが職を見つけて食品の仕送りを行えば、村は金づるを失ってしまう。そうなれば、村に居る老爺も老婆も飢え死にしてしまうのだ。
新たな商売を始めようにも、周りを過疎化した村に囲まれた村ではそれも難しい。こうして追い詰められた村長が導き出した答えは……家からみかじめ料を取る事だった。
龍人達が村で差別を受けなくなる様に掟を敷く代わりに、30万ゴールドを毎月村に収めて貰う。ナツは有名な冒険者だったため、貯蓄も山ほどあると考えたからだ。
しかしナツはほとんど家を出ず、村にやってくる龍人達も口を利いてくれる気配はない。そんな中、村長は村の倉庫から偶然『超古代の魔方陣』を発見する。
その魔方陣にはマグマゴーレムの召喚を行う効果があり、それを知った村長は、『実力行使』に出る決意を固める――
◇ ◇ ◇
「――で、俺はあえてそいつが連れてた子供を逃がして助けを呼ばせた。そしたらお前が来て……今に至る。これが事の顛末だ」
「……」
目を閉じて俯いたまま押し黙るフラン。村長はそんなフランの顔を、脂汗をかきながら覗き込んでいた。
「な、なあ。黙ってないで何か言ってくれないか?」
「……ではご要望に応え、一つお聞きします。仮に家の方々が貴方の要求を呑んだとして、貴方が住民達にそれを強制させる権限はあるのでしょうか?」
「えっ!? それは――」
「貴方は民意を恐れていた。それは、貴方が掟を作って守らせるだけの信頼を住民達と築けていない証拠です。まさか契約を結べても実際には何をするつもりなかった、なんてことありませんよね?」
顔を上げ、村長の目を見て睨み付けるフラン。すると、今度は村長が俯いて押し黙ってしまう。
「……彼等に掟を敷く方法、お教えしましょうか?」
「!!」
村長はバッと顔を上げ、輝いた目をフランに向ける。
「ただし条件があります。僕はこれから即席の契約書を作り、それを村の重要書類として永久に保管して貰いますが――」
フランはポケットから小さく折りたたまれた白紙を取りだして広げ、机の上を滑らせて村長に渡す。
「その前に、これから契約書となるこの紙の右下に血判と直筆のサインを頂きたいのです」
「血判?」
「親指を己の血で濡らし、紙に押しつけるんです。一度血判を押せば、紙に書いてある掟は何があっても破ってはいけなくなります」
「そ、そんなの何でもありじゃねぇか!」
「別に血判を押さなくても良いんですよ? ただその場合、何も得られないまま来月から収入源を失う羽目になりますがね」
「でも――」
「10、9」
「わかった押す! 押すよもう……」
ぶつくさ小声で文句を言いながらも、村長は親指を強く噛み、指の腹を血で濡らして力強く紙に押しつけた。
その後、ポケットから取り出したペンで血判の真横にサインを書き、村長は紙をフランに返す。
「ありがとうございます。では早速、どのような契約を結ぶかについて口頭でもお伝えしますね」
「……ああ」
俯いて暗い表情を浮かべる村長に向け、フランは契約内容を唱え始めるのだった。
「第一に、あなた方はこれから月20万ゴールドを『防衛費』として僕の口座から受け取ります――」
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