第17話 龍殺しの古代兵器

 それからしばらく経った頃。フランとナツは再びリビングの端にある机に、お粥の入った鍋を挟んで向かい合わせに座っていた。


 息も絶え絶えになりながら、鍋の中身をスプーンで掬って口に運ぶフラン。


「うまい……うまい……」

「ただのお粥ですよ? それすら美味しく感じる程、肉の生食が堪えるなんて」

「僕は、普通の人間ですので。貴女は違うんです?」

「……ノーコメントで」


 その時、玄関の戸が九回素早く強く叩かれる。


「おや、シペが帰ってきたようですね」

「ノックで分かるんですか?」

「彼女は九番目の子供なので、帰ってきたら九回ノックするよう言ってるんです。でもおかしいですね、二人で外出したときは、二人分の番号を合わせた数ノックするよう言ったはずなんです」

「となれば、長女であるシルヴィと合わせて十回叩くはずって事ですか」

「そのはずです。開いてますよー!」


 間もなく勢いよくドアを開けて入ってきたのは、シペと呼ばれる黒短髪の少女だった。


「ダメですよそんなに強くドアを開けちゃ。壊れても直せませんよ」

「ごめんなさいナツおばちゃん……じゃなくて! シルヴィ姉ちゃんが大変なんだ! 今すぐ村に来て!」

「な、何があったんです?」

「シルヴィ姉ちゃんが村の人達に脅されて、いまマグマゴーレムと戦ってるんだ! このままだとお姉ちゃんが溶けちゃう!」


 それまでずっと机に突っ伏していたフランも、それを聞いてバッと立ち上がる。


 ナツはフランと目を合わせ、開けっぱなしになったドアを共に駆け足で通り抜けて現場に向かうのだった。


 ◇  ◇  ◇


 夕暮れ、龍人の家の近くにある村。20m程の崖の上にあるこの村は、崖下でにらみ合うシルヴィと一体の巨大な古代のロボットによって騒然としていた。


 崖下はゴーレムが発する熱気によって陽炎が渦巻いており、その中心に居るシルヴィは絶えず滝のような汗を流している。


 その様子を見下ろしていた壮年の男も汗をダラダラ流しており、必死の形相でシルヴィに声を掛けている。


「おい、もうギブアップしろ龍人! 俺達はただ遠坂ナツを連れてきて欲しいだけなんだ! 確かに俺はお前の事が嫌いだ、だが何も死んで欲しいって程じゃねぇ!」

「……絶対に呼ぶもんか。ナツを呼んだらお前ら、みかじめ料を払わせる為に軟禁していろんな書類にサインさせようとするだろ! それにまだ、終わってない……」


 シルヴィが強く地面を踏みしめると、地面に大きな青い魔方陣が展開される。しかしその魔方陣はゆらゆらと揺れており、点滅していた。


 マグマゴーレムゆっくり近づいて来る中、その魔方陣の中心でシルヴィは振りかぶった右手の平に冷気を集中させ、バスケットボール大の青い光球を作り出す。


「持ちこたえてくれ、あと一発で良いんだ……! 『凍炎式終の段・千里凍壊』!」


 豪快に投げられた光球はその軌跡に大きな氷塊を作りながら進む。


 そして光球がゴーレムに当たると、ゴーレムの全身は霜で包まれ、体のあちこちから氷塊が生えるほどにキツく凍らせる。


 完全に動きを止めたゴーレムを見て、怠そうに半目になりながら嬉しそうにガッツポーズをするシルヴィ。


 しかし、やがてゴーレムの体のあちこちからマグマがあふれ出し、全身に着いた霜と氷塊を溶かしていく。


「ダ……ダメ……?」


 歩行を再開するゴーレムを見ながら、膝から崩れ落ちて俯くシルヴィ。それを崖の上で見ていた壮年の男は慌てて振り向き、一箇所に集まって話し合いをしてる村民達の方を見る。


「お前らの中にあの召喚陣を作った奴、いるよな! 出てこい! そんで陣の停止方法を教えろ!」

「……」

「何をしてるんだ早く出てこい! じゃないとアイツが死んじまうぞ!」

「……別に死んでもいいでしょ」

「死んだら家の連中の怒りを買うだろうが……クソ!」


 悪態をつきながら再びシルヴィの方を向く男。すると、今まさにシルヴィがゴーレムに踏み潰されようとしているのを目にする。


「危ない! 避けろおおおお!!」


 そう叫ぶ男の努力も空しく、シルヴィはゴーレムに踏み潰され――


 ――ることなく、ゴーレムはシルヴィの居た場所から巻き起こった爆発に足を取られ、ゴーレムはバランスを崩して尻餅を着いた。


 その尻餅の余波は崖上の村を襲い、男の後ろで話を続けていた村民達は突如起きた地震に足を取られ、こちらも全員バランスを崩してしまう。


 男だけは何とか耐えきり、地震が収まった辺りで崖下を見下ろす。するとそこには、焦げた左腕を前に突き出す金髪の少年と、その少年を目を見開いて見上げるシルヴィの姿があった。


「……フラン!?」


 そう叫ぶシルヴィの方に、フランが自分の顔を見せることはなかった。


「あいつ、まだくたばってないみたいだ。そこで聞くが、もし君の周りに安定的な冷気が漂っていたら、君は全力を出せるのかい?」

「出せるけど、そんな状況どうやって――」

「僕が全身をプロパンガスに変え、気化熱反応を使って空気を冷やす。でも戦いが長引くと僕の体が消滅しちゃうかもしれないから、なるべく早く片を付けて欲しい」

「……気化熱ってのはよくわからんが、ちゃんと冷えるんだな!? じゃあやってくれ!」


 フランは軽く頷き、直後白い霧に姿を変える。その霧は瞬く間に崖下の空間全体に広がり、霧に熱を奪われた事で陽炎が収まった。


 それから間もなくゴーレムが起き上がり、体のあちこちからマグマを噴出させて地面に垂らしていく。しかし空間が再び熱気に包まれる事はなく――


 シルヴィが展開した魔方陣がゴーレムの足元にまで伸びたことで、ゴーレムのつま先が霜で覆われる。


 そしてゴーレムが、魔方陣が伸びてきた方を向くと――


 そこには背後に八つの青い光玉を浮かべ、全身から白い霧を出し、白く長い髪を揺らしながら宙に浮くシルヴィの姿があった。


「……これなら届く! アイツの喉元に、アタシの牙が!」

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