第二章:龍人の家にて

第15話 子供達との和解を目指して

 現在時刻は午前12時。八時間の乗車を経てようやく電車を降りた二人は、ホームを抜けて森の中を歩いていた。


 フランはシルヴィに対して隊長になった経緯を話しており、『主人公か何か?』とシルヴィに突っ込まれつつも話を続けていた。


 そんな談笑をしながら歩く内に、二人は小さなレンガ屋根の小屋を木々の隙間から見いだす。


「見える? あそこにあるのが龍人の家。アタシや龍人の子供達が住んでる家で、ちょっとでも道を間違えたらたどり着けない様になってるんだ!」

「確かに、歩いてる途中も右へ左へ何度も方向転換をしていたな」

「でしょ? アタシは先にオーナーに話付けてくるから、フランはそのまま真っ直ぐ進んでドアの前で待ってて!」


 シルヴィは体全体に白い炎を纏い、周りの木々を焼きながら一瞬でドアの元に着いた。


 炎に撒かれた木々は霜がついており、凍った木片は風に吹かれてボロボロと落ちていく。


(列車の外で少しだけ彼女の戦闘シーンを見ていたが、何とも不思議な炎だな。物を焼くのではなく、凍らせる炎とは)


 拾い上げた木片の霜が溶けるのを見ながら、フランは凍った雑草を踏みしめて家に向かうのだった。


 ◇  ◇  ◇


 木片を手の平の上で転がしながら、シルヴィの帰りを待つフラン。すると、家のドアが開いて二人の少女が出てくる。


 シルヴィの隣にいる少女は、青い半袖のTシャツに茶色のショートパンツを履いた、茶色のポニーテールと茶色の目を携えていた。


 シルヴィより一回り低い、フランと同じ位の背丈を持つ彼女だが――右の瞳が灰色になっていたり、顔の右半分が茶色く焼けている様子から幾ばくかの闇を感じ取れる。


「紹介するぞ! この人が龍人の家のオーナー、遠坂ナツ。この人は10年前に龍人の家を作り、アタシ含め9人の龍人を匿って世話してくれた命の恩人なんだ!」

「昔は恩人でしたが、今となっては貯蓄が尽き、シルヴィに稼ぎ頭を任せてしまった情けない女ですよ」

「卑下しないでよ! 妹達が聞いたら悲しむよ? ほらフラン、挨拶して!」


 シルヴィに促され、フランは一歩前に出てお辞儀をする。


「初めましてナツさん、フラン・ケミストです」

「よろしくお願いします。これまでの経緯は簡単に聞いていますが、貴方の口からもっと詳しく聞きたいと思っています。ご説明頂けますね?」

「勿論、そのために来ましたから」

「ありがとうございます。シルヴィ、洗剤と卵を切らしていたのでシペと一緒に買ってきてくれますか?」


 ナツがそう言うと、家の中から一人の子供が外に出てくる。その子はフランを一瞥すると気まずそうに目をそらし、シルヴィに抱きつく。


「わかった、行ってくるぜ」


 シルヴィはシペを背負い、森の奥へ消えていった。


「せっかくこんな遠いところまで来てくれたんです、まずはお茶を出しましょう。どうぞ中へ」


 ナツがドアを開けて手招きすると、フランは一礼してから家の中へ入るのだった。


 ◇  ◇  ◇


 室内は質素ながらも広く、フランが通された場所は40畳ほどもある広いリビングだった。


 その右端にある大きなテーブルの窓側に座ったフランは、その対面に座るナツに対して転生してからこれまでに経験した出来事や、面接の場でシルヴィと行った問答の委細を伝えた。


「――そうして僕らは彼からの謝罪と感謝を勝ち取り、今に至るって感じです」

「なるほど……彼女が貴方に会えたことを、うれしそうに語る理由がよく分かった気がします」

「シルヴィがそう貴女に?」

「『長々語るとボロが出るから一言で済ますが、アイツは最高に良い奴だ!』と彼女は言ってました。散々人に苦しめられた彼女が人間を褒めるなんて、相当ですよ」

「冗談や謙遜抜きに、アレは僕としては只々して当然のことをしたまでという認識なんですが」

「あくまでも自分の意思を貫いただけ、と。どちらにせよ、シルヴィのことを任せるには十分な人格を有してると言えましょう。彼女の事を、よろしくお願いしますね」


 ナツが笑顔で差し出した手を、フランは身を乗り出して握り返す。


「ご期待に添えるよう、精一杯頑張ります」

「その言葉を聞けて安心しました。さて、大人のやり取りはこの辺にしましょう。せっかくですので昼食でも――」

「その前に、贈り物の確認をお願い出来ますか?」

「……贈り物ですか」


 暗い表情を浮かべるナツの前に、フランはポケットから取りだした7枚の薄く赤い紙を置く。それからフランが机を軽く指で叩くと――


 薄い紙は塊肉に変わり、それを見たナツは目を剥いて驚く。


「て、手品師の方ですか!?」

「違いますよ、化学を使って圧縮したんです。そうすれば、二日前に売店で買った肉もこの通り腐らず保存できる」

「肉は……その、申し訳ないですが受け取れません。家に居る子供達は、肉に多大なトラウマを抱えてまして」

「勿論承知しています。龍人の生肉が好きな性質を利用し、過激派は毒入りの肉を龍人に与えて暗殺した……」

「そこまで知ってて何で――」

「散々嫌な思いをしたが、それでも生肉が好きなのは今でも変わらない。そうでしょう?」


 ナツは目を逸らして閉じた口をモゴモゴさせた後、少し後に目を合わせて頷く。


「やっぱり。となれば、安心できる人が、全幅の信頼を寄せる人のチェックを通して渡される肉なら食べても良いと思えるはずです」

「……貴方が、その安心できる人になるおつもりで? 難しいと思いますが」

「難しくてもやるしか無いんです。とにかくまずは、貴女からみて左端にある肉を鑑定して下さい。家事全般を担当してるんです、何かしら検査をする手立てがあるのでは?」

「ありますけど……はぁ、もう何言っても聞かない顔だ……」


 右端にある肉を手繰り寄せ、目を閉じてその上に右手をかざすナツ。やがてナツの右手が赤く光り出し、その光に照らされた肉は逆に青い光を放つ。


 肉と手の両方から光が収まると、ナツは目を再び開く。


「雑菌は多少入ってますが、許容範囲です」

「ありがとうございます。それと、子供達が居る場所はどこですか?」

「右手奥にあるドアの向こうに居ますが……本当に会うおつもりで? どうなるか保証できませんよ」


 フランはナツが鑑定した肉を取り、席を立つ。


「腕を失う程の怪我じゃなければ、喜んでお受けしましょう。怪我をするとしても、それは名誉の負傷なので」


 心配そうに胸の前で両手を握るナツを余所に、フランは子供達の居る部屋に向かうのだった。

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