第14話 差別への逆襲
一方、線路の上では鉄パイプを持った運転士が、十数体もの白い狼の群れとにらみ合いをしていた。
「……俺の経験則、この時間帯に冒険者が乗り合わせてくる事は無い。もうやるしかないか――」
「どきな」
運転士が振り向くと、男物のチャイナ服を着た白髪の少女がそこにはいた。
「冒険者の方ですか!? 恐れ入りますが、お手をお貸しいただけないでしょうか?」
「そのために来たんだ、分かったら気持ち遠めに離れとけ」
運転士は軽く頷き、シルヴィが来た方向に向かって駆け足で退いていった。そして運転士が自分と十分距離が取れたのを見て、シルヴィは再び狼たちと向き合う。
シルヴィと目が合った狼たちは一様に体を震わせ、後ずさりしながらも威嚇を続けている。
「へぇ、獣の嗅覚は容易くアタシの特異性を暴いたか。だったら退いた方が良くね?」
そんなシルヴィの忠告など意に介さず、狼たちは先頭にいる個体の雄叫びを合図に、他の個体も少したじろいた後でシルヴィに飛びかかる。
「やっぱりダメじゃん……仕方ない、『凍炎式・――」
詠唱を終える間もなく、シルヴィの全身を十数匹の狼が覆い尽くす。それから狼たちが一斉に口を開けた、次の瞬間――
「――撃滅』!!」
シルヴィに取り憑いていた狼たちは一瞬にして凍りつき、まもなく発生した青い爆発に巻き込まれて跡形も無く消し飛んでしまう。
青い猛火と白い爆煙を伴って起きたその爆発は半径三メートルの規模で、その猛火は列車の窓ガラスを焼くスレスレのところで止まる。
爆発は三秒ほどで消滅し、その爆心地には霜のついたレールと、無傷のシルヴィだけが残っていた。
そんなシルヴィの体からは水蒸気が出ており、頬には霜がついている。
「あぁ、寒いな……」
両肘を抱え、体を震わせながら白い息を吐くシルヴィ。
その後、シルヴィは両頬の霜を指で払い、両手で頬を暖めながら振り返る。すると、腕を組みながら険しい表情でこちらを睨む運転士の姿が見えた。
「なんだ、お前龍人かよ。騙されたぜ」
「……」
「最悪だ。龍人に助けられたなんて知られたら、上層部から怒られて減給されちまう。本来討伐を手伝ってくれた冒険者には礼をするのが通例だが、お前には出さない。良いよな?」
「……」
「じゃ、俺は運転席に戻――」
「待ってください」
背後からした声に驚く運転士。振り向くと、そこには金髪赤目の少年がいた。
「フラン!」
「運行休止の危機を救ってくれた人相手にその態度は無いでしょう。一端の大人が取って良いそれじゃない」
「……龍人を庇うんですか?」
「龍人云々はこの件に関係無いでしょう。己の思想は置いておき、助けられた事にはしっかり感謝を述べる。大人ならその分別を付けるべきでは?」
バツが悪そうに頭を掻く運転士。フランはそんな運転士に近づき、間近に立って目を合わせようと見上げる。
「何も龍人を好きになったり、お上を説得したりしろだなんて言ってないですよ。嫌いなら嫌いなままで良いが、人ならばして当然の感謝と謝罪をしろと言っているだけです。できませんか?」
「はぁ……わかりましたよ」
運転士は振り向いてシルヴィと目を合わせ、それから深々と頭を下げる。
「先ほどは失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。それから、魔物を倒してくださりありがとうございます」
顔を上げた運転士に向けてシルヴィは微笑んで頷き、フランの横を通って車内に戻っていった。
「お礼については、会社の上層部とのあれこれもあるでしょうし出さなくて大丈夫です。個人的な感情でお時間取らせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「……はい」
深々と頭を下げ、それから運転士に背を向けて駆け足で車内に駆け込むフラン。 それを見届けた運転士は、首をかしげてから運転席に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
再び席に着いた二人は、車内販売をしていた駅員から買った駅弁を食べながら引き続き話をしていた。
「美味ぇなこの海苔フィッシュの刺身! 上質だってすぐ分かるわ、だって安いのは身が骨みたいに硬ぇもん」
「妙な刺身だな……刺身なのに磯辺揚げの風味がする」
「ん? なんだそれ」
「帰ったらご馳走しよう。どんな魚を使っても作れるから、安くても身の柔らかい魚を選んでくれば、この弁当を食べたときと同じ思いが出来るはずさ」
「そりゃ凄いな! 新生活への期待がドンドン膨らんでいく!」
少しずつ健気に食べ進めていくフランとは異なり、シルヴィはこの言葉を発した直後に放り込んだ一口で弁当を空にする。
「……食べるペースが速いね。それ、結構高いんだよ?」
「そういやそうだな。財布から金を出すときのフランの顔、すっごいしなしなだったし」
「あの時は見栄を張ってお礼を受け取らないって言ったけど……駅弁代くらいは出して貰えばよかった」
「懐事情的にはそれが理想なんだろうけど、アタシはこれで良かったと思ってる。何も貰わなかったことで、龍人にも優しい人は居るって彼も理解してくれるだろうし」
そう微笑むシルヴィの顔を、険しい表情を浮かべるフランは直視することが出来なかった。
「それとありがとね、アタシの代わりにきっぱりと言ってくれて。お陰でスッキリした」
「まあ君は言えないよな。君が言い返したところで、逆上されてさらに話が拗れるだろうし」
「ああ。だから今まで何を言われても言い返せなくて、嫌な思いは胸の中にしまい込むしか無かった。そんな事を700年間頻繁に経験し続けてきたからこそ、あの謝罪はすっごく心にしみた!」
「言ったろ? 僕は君と君の家族を守るって。あれぐらいのことならいつでも言ってやる」
再び弁当の中身を食べ始めるフラン。その様子を頬杖をついて見つめながら、シルヴィは微笑みを浮かべるのだった。
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