第13話 龍人の家へ

「――ン! フラン! 起きろ!」


 面接から二日後の午前2時半、だだっ広い室内にはシルヴィの声が響いていた。


 真っ暗な部屋の中、ベッドの傍らに立ってフランの体を揺するシルヴィ。やがて酔ったフランが大きくえづくと、シルヴィは驚いて一歩身を引く。


「やべ、揺すりすぎたかも」


 フランは激しく咳き込みながら体を起こし、最後に一回大きくえづいてから深く息を吐く。


「オエッ……何なんだ一体……」

「忘れたのか? 今日はアタシの実家である『龍人の家』に挨拶しにいく予定があるんだ! 引っ越しするには、オーナーの許可が必要って昨日話しただろ!?」

「耳元で叫ばないでくれ、思い出したから……でも、こんなに早く出る必要があるのか?」

「別に時間ずらしても良いけど、そしたら日帰り出来ないぞ?」

「分かった、分かった。行く準備をするから待っててくれ……」


 眉間にしわを寄せながらベッドを降りるフラン。それからフランは、大きなあくびをしながら風呂場へ入っていった。


 その様子を見ながら、シルヴィは呟く。


「へぇ、純人類って朝に弱いんだ。不便な体だな」


 ◇  ◇  ◇


 フランの起床から1時間後、フランとシルヴィは人ひとり居ない真っ暗な駅のホームに立っていた。


 駅は全体がロンドンの駅のようなデザインが成されており、日本の駅とは全く異なる外観にフランはただただ圧倒されていた。


「何十年も前に、教科書で見た外国の駅とほとんど同じ外観だ……」

「ちょっと、こんなので驚かれちゃ困るぞ! アンタはこれから、アンタにとってもっと非日常的な物を見る事になるんだからさ!」

「それは無理な相談だね。僕が元いた場所は、こことは全く雰囲気の異なる所だったのだから」

「へぇ、全く違うんだ! じゃあ聞かせてよ、そこの話!」


 シルヴィが爛々とした目をフランに向けると、その直後に真っ黒な蒸気機関車がホームに到着する。


「もちろんだとも。ここでは話す以外に暇を潰す手段が無いようだし、覚えてる範囲で良ければいくらでも」


 SLに乗り込んで席を確保した二人は、『日本』にまつわる話に華を咲かせるのだった。


 ◇  ◇  ◇


 機関車に乗ってから3時間が経過した現在、二人は長いトンネルの中を走る車内で、フランは地球に居た頃にした旅行の話をシルヴィにしていた。


「――と言った感じで、人生最後の旅行は幕を閉じたわけさ。いや~最後に海鮮丼くらいは食べたかったが、まさか臨時休業日に当たってしまうとはね」

「……待って、それが最後!? 10年前の話だって言ってたよな!?」

「さっきも言っただろ? 二十歳以降の僕の人生は、その99.9%が研究所の中で行われていたとね」

「じゃあアンタ、それ以降街を一度も出てないのか?」

「いや、それは間違いさ。論文に行き詰まったときは、隣町の喫茶店に気分転換に出かける事もあった」

「ほとんど変わらないだろ……お、丁度良い。今まではアンタの話でアタシが楽しむ番だったが、どうやらアンタが楽しむ番が来たみたいだ。さ、外をみな」


 それまで暗かった車内が一気に明るくなり、窓から差し込んだ光がフランの目に直撃したことでフランは目を細める。


 やがて目が慣れたフランがゆっくり瞼を開くと――フランは雄大な自然と畑、そしてその中に点在する家々を窓ガラス越しに目にする。


「これは……」

「へへ、やっぱり都会っ子はこの景色見ると言葉を失うんだ!」

「……30年もの間、僕が追い求め続けた安寧だ……」


 窓に貼り付きながら、両目から涙をこぼすフラン。それを見たシルヴィは驚き、息を呑んで顔を逸らす。


「マジで? 泣くほど?」


 小声で呟くシルヴィ。


「長く都会に身を置くとな、このような田舎の景色に激しく心を揺さぶられるようになるんだよ」

「げっ、聞こえてたのかよ!」

「以後覚えておくと良い。そういう感想はね、脳内で済ませ――」


 その時、列車が凄まじいブレーキ音と共にガクンと前に揺れる。窓に貼り付いていたフランはその揺れによって姿勢を崩し、逆さになってシルヴィの隣の席に落っこちる。


「おい大丈夫かよ!」

「……大丈夫じゃ無いから助けてくれ。背骨が、テーブルの縁と座席の縁に挟まって動かない……」


 シルヴィがフランの足首を掴んで引っ張り上げて間もなく、車内にチャイムが鳴り響く。


『乗客の皆様にお知らせ致します。現在、線路上にモンスターの群れが現れ進路を塞いでいる状態です。車内に冒険者の方が居ましたら、ドアの右側にあるボタンを押して列車を降り、ご対応頂けると幸いです』

「へぇ、そう言う事あるんだ! 行くぞフラン、戦果を挙げるチャンスだ!」

「行くのは良いがまずは降ろしてくれ! このままじゃ足から降りてきた血で脳が破裂してしまう!」

「あぁごめん、忘れてた」


 シルヴィはフランの体を足を下にして立たせた後、頭を抱えるフランを余所にドアを開けて外に出た。

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