第12話 理不尽に報いる為の採用
「――アタシは凍龍と人間、両方の血を継ぐ『龍人』なんだ」
「りゅ、龍人?」
首をかしげるフランの方を向き、不思議そうな表情をするのを見て眉間にしわを寄せるシルヴィ。
「知らないフリなんてしないでよ。龍人は人とも化物とも言えない、『異人』の中でも一番中途半端な気持ち悪い生物だって、純人類の奴らは皆そう噂してるけど」
「だが君の見た目は人間そのものじゃないか。どうしてそんな事を言われるんだ?」
「……当人に説明させないでよ! アンタにはデリカシーってのが無いのか!?」
「あぁ、すまない」
「はぁ……純人類と違うところはあるよ。ほら、アタシの口の中見て」
シルヴィが口を開けると、フランはすぐにシルヴィの歯が全体的に鋭く尖っている事に気づく。
「それと、龍人が持つ能力は純人類が持つソレに比べて殺傷力が高いんだって。それも、一目見てすぐ分かる程に」
「どれもこれも、見せようとしなければバレないものばかりじゃないか」
「目で見える特徴はね。でも龍人は純人類が普通付けない名前を持ってたり、純人類とは異なる倫理観を持ってたりする。だからアンタがさっきしたみたいに、質問攻めされればすぐに龍人バレする」
「龍人である事を隠して生きていくのは不可能って事か……酷いな、本当に」
一瞬だけシルヴィは驚いた様に目を見開くも、すぐに悲痛な面持ちに戻ってフランから目をそらす。
「そして龍人は、もうありとあらゆる組織のお偉いさんから嫌われてる。ゆえに龍人は家を持てなければ政治家にもなれないし、仕事にもありつけない」
「だから君は冒険者になるという道を選んだと」
「それしか道は無いはずなんだけど、聞くところによるとそこにも龍人差別が蔓延してるって聞いてさ。だから、何とかして龍人である事を隠して働いていこうって思った。でも、やっぱりダメみたいだ」
再びドアの方を向き、三歩ほど前に歩いたところでシルヴィは立ち止まる。
「アンタがアタシを雇えば、アンタは龍人に手を貸したとして協会から嫌われる。そうなれば出世の道は断たれるし、討伐依頼を受けさせて貰えなくなるんだ。そうなるのは嫌でしょ?」
「……協会には君の正体、気付かれてるのかい?」
「活動実績が無いからまだバレてない。けど時間の問題だな。功績を挙げ続ければ、アタシの成功を妬む同業者から協会へ密告が来るだろうし」
「それが分かってて君は――」
「そうさ!」
シルヴィは振り返り、真剣な表情で大声を出す。
「アタシはアンタを利用しようとした! 正体がばれるまではアンタの元で金を稼いで、いざバレたら失踪して罪を逃れようと思ってたんだ! 顔と身分を変えてね」
「……そこまで頭が回るのなら――」
「そう、履歴書の存在を知らなかったのも嘘だ。そう言って駄々をこねれば、誰もが折れて選考を受けさせてくれると思ったから! そう思い立ったまでは良かったけど、その後の事にまでは考えが及ばなかった……」
悔しそうに歯ぎしりした後、シルヴィは再びフランに背を向けてドアノブに手を掛ける。
「これで分かったでしょ? 私は被差別種族なのに加え、アンタを騙そうとした。あたしを雇う事に、メリットなんか何一つ無いんだよ」
「……」
「騙そうとしてごめんなさい。それじゃ、アタシ帰るね。引き続き採用活動頑張って――」
「よし、採用だ」
フランがそう告げると、シルヴィは振り返って目を見開く。
「内定承諾書を今用意するから、少しそこで待っててくれ」
「ちょ、ちょっと」
「参ったな、パソコンが無い以上手書きで書類を作るしか無いか。僕の字は凄く汚いんだが――」
「待ってってば!!」
シルヴィは急いでフランの元に駆け寄り、片膝をついて目線を合わせる。
「は、話聞いてた? 私を雇う理由は無いんだって、確かにさっき言ったよね?」
「言っていたね」
「だったらなんで……」
「許せないからだよ、上層部や世の圧力に熱意ある若者を潰されるのが」
呆然と立ち尽くすシルヴィに、フランは着席するよう手で促す。その様子を見て意識を取り戻したシルヴィは首を振るも、体の向きをフランの方に向ける。
「大前提として、僕は昨日ここに来たばかりの転生者だ。この手に刻まれたアザが、その証明さ」
「……ああ、じゃあ龍人を知らないのも道理だ」
「そして僕は、前世で多くの若者の不幸を見て来た。期待の新星と呼ばれながら、学会上層部とウマが合わず左遷された者。人類史上まれに見る成果を挙げながら、一般人から馬鹿馬鹿しい言いがかりを付けられて学会を追放された者……」
拳を握り、力一杯歯を食いしばるフラン。それを見たシルヴィは、もう何も言えなくなってしまう。
「僕は彼等を守れなかった。大人として、彼等に向けて放たれた矢をその身に受ける義務があったはずなのに……昇進に躍起になるあまり、それを疎かにしてしまったんだ」
「……」
「もう同じ過ちは犯さない。幸い、今の僕には若さと、僅かばかりの権力がある。君から差し迫った事情を聞いたからには、僕は君を雇って守る義務があるんだ」
「……それでアンタが食えなくなっても?」
「そうはならないさ、出世欲を捨てた訳じゃないからね。協会や巣の上層部からの妨害に対しては、近々何らかの対策を講じる。今こそ何もアイデアは無いが……」
フランは表情を和らげ、こめかみを右の人差し指で軽く叩く。
「僕なら勝てる、信じてくれ」
「ほ、本当に、アタシを守ってくれるの?」
「同じ人間として、全てを打ち明ける事を決めた者の覚悟を無下にはしない。ここまでよく頑張った、後は僕に任せたまえ」
「……!!」
床に膝を着き、口を手で強く押さえ付けながら嗚咽するシルヴィ。そんなシルヴィの元へ、フランはゆったりとしたペースで歩きだす。
「とはいえ、僕一人で世界から龍人差別をなくせるとは思っていない。だがしかし、こんな僕でも君と君の周りにいる人を守ることは出来る。今まで散々人間によって痛い目を見てきたと見えるし、今更信じるのは難しいと思うが――」
シルヴィの目の前に歩み寄り、右手を差し出すフラン。
「守りたいモノのために、このフラン・ケミストの下で働いてみないか? シルヴィ」
シルヴィは顔を上げ、涙を袖でゴシゴシ拭いてから立ち上がってフランの手を取る。
「そんなに言うなら、遠慮無く頼らせて貰おうかな! ただし、アタシもアタシのやれる事をやってアンタに貢献する。例えば、クランの実績を目一杯挙げる為に沢山クエストをこなしたりとかね」
「頼もしいことを言ってくれて嬉しい限りだ。じゃあこれからよろしく」
「うん! よろしく!」
二人共満面の笑顔を浮かべながら、交した手を何度も上下に振るのだった。
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