第11話 シルヴィ・ディアナ
「ま、待ってくれ。本当に待ってくれ……履歴書って何って、何?」
「履歴書のことを知らないって、そんなにおかしな事か?」
「そりゃあそうだろう! 確かに履歴書無しでも応募出来る企業はあるが、それは凄まじいレアケースで……はぁ」
顔に右手を当て、俯いて首を振るフラン。その反応を見て、少女は途端に青ざめる。
「嘘だろ……? アタシ、アンタの求人に応募出来ないの? ここまで来て? 頼むよ! 何とかしてくれよ!」
「ふむ。君、遠くからここに来たのかい?」
「ああ! アタシは2日半掛けてここに来たんだ! けどホテルは取れなかったから、今日の終電までには帰らなくっちゃいけない……」
(遠くからここまで来た、か)
フランは意を決して顔を上げ、焦りに満ちた目でこちらを見る少女と目を合わせる。
「では君の苦労と執念に免じて、この場で一次選考を行おう」
「ほ、本当か!?」
「最悪、履歴書に書いてある情報は受験者本人に直接聞けば良いからね」
「ありがとう……本当にありがとう!」
何度も頭を下げる少女。フランはその様子を冷静に見ている。
「まだ安心するには早いよ。履歴書の提出は免じるが、代わりにこの場でいくつか質問に答えて貰う。次の選考に進むかどうかは、その答えによって決まるからね」
「何でも聞いてくれ! きちんと答えるから!」
「とはいえ、現段階で聞くのは二問だけだけど。じゃあまず一問目――」
その時、フランの表情が一気に真剣な物に変わる。その目を見た少女は驚き、肩を震わせる。
「お名前と年齢をお教えください」
「アタシはシルヴィ・ディアナ! 年齢は七百……じゃなくて、15才!」
「……ふむ。次に、貴方が弊クランに入ろうと思った理由をお聞かせください」
「やっぱ聞かれるよねぇそれ、うーんどうしよ……」
腕を組みながら目を閉じ、唸り声を上げるシルヴィ。
「これは独り言だけどね、面接官は常々、受験者には肩肘張らずに本音を話して貰いたいと思ってるんだ。勿論、ネガティブな事ならフォローは欲しいけど」
「……なら、正直に話す他ないか」
シルヴィは胸の前で両手をぎゅっと握り、それから顔を上げる。
「アタシ、これから沢山お金を稼がないといけないんだ! 最近、お母さんが冒険者協会を追放されちゃってさ。だから育ち盛りの妹達を育てる金は、長女のアタシが稼がないと!」
「家族を養う為、ですか。分かりました、では質問は以上です」
フランは深く息を吐くと、顔を穏やかな表情に戻した。
「ど、どう? アタシ、採用される?」
「採用を決めるにはまだ早いが、志望動機は非常に気に入った。君、これから時間はあるかい?」
「勿論!」
「よし、それじゃあこれから二次選考を行うから着いてきてくれ。時間はそうだな、30分ほど頂こう」
そうシルヴィに告げるフランだったが、当人はまるで何も分かっていない様子だった。
「二次……何?」
顔を上げ、またしても目を丸くするフラン。
「……シルヴィ君。君はクランの入隊試験について、何をする物だと聞いていた?」
「実際にダンジョンに入って通り抜ける試験だったり、隊員と決闘したりするって母さんから聞いてた」
「そ、そうかぁ……」
フランは額に手を当てて天を仰ぐ。
「面接だけで選考を済ませようって僕の思考は、やっぱここじゃあメジャーじゃないのか……」
「ま、まあ良いんじゃないか? それより、面接やるなら急いで欲しい。終電まで三時間ぐらいしかないんだ」
「それは大変だ。では早速やるとしよう」
フランがシルヴィの前に出て歩き出すと、シルヴィはフランの後を追って歩き出すのだった。
◇ ◇ ◇
812号室にシルヴィを招き入れたフランは、部屋の隅から余った椅子を持って来て向かい合わせに置き、シルヴィを入口側の席に座らせた。
こうして始まった面接は最初こそ問題なく進んだ物の、フランの表情は、質問を重ねるごとに険しくなっていく。
そんなフランの表情を見てかシルヴィの様子にも酷い緊張が見られ始め、しびれを切らしたフランは席を立って面接の中止を宣告する。
「な、なあ。なんでアンタ、そんな険しい表情をしてるんだ? アタシ、何も悪いこと言ってないよな?」
「……ああ。確かに君の返答には、僕の印象を著しく下げる棘が無かった。いや正確には、あるはずの棘が嘘で覆われて隠されてると言った所か」
「何が言いたいんだ……?」
「それが分からないほど鈍い訳でもあるまいに。良いだろう、君の罪を教えてやる」
フランは座っているシルヴィに向かって大きく一歩踏み出し、間近で目を合わせる。
「君、僕に沢山嘘をついただろ。それも質問における回答のほぼ全てにだ」
「なっ!?」
思わず立ち上がるシルヴィ。しかしフランは決して目をそらさず、見上げて目を合わせたまま話を続ける。
「問おう。君が正直に答えたのは、入り口で言った名前と志望動機だけだよね?」
「な、何の根拠があってそんな――」
「証拠が欲しいのなら、趣味について聞いたときの君の回答を挙げよう。君の『家族の手伝い』という回答自体にケチを付ける気は無いが、いざ掘り下げてみると君の『家族』に対する認識に違和感が見られた」
「そ、それはアンタの常識とアタシの常識が違うだけって可能性もあるじゃん!」
「どこの人だろうと人間は人間さ。家族を形成したり金で物を交換したりなどの、人を人たらしめる基礎的な文化は同じだと僕は思う。その基礎に違和感があるから僕は言ってるんだ」
「うぐ……」
「他にいくらでも証拠は挙げられるが、死体蹴りは止そう。要するに今の僕が言いたいのは……無駄足を踏みたくないなら、今からでも正直に話した方が良いって事さ」
「う、うううう~!!」
しゃがみ込み、顔を覆って泣き出すシルヴィ。その様子を見たフランは少し悲しげな表情を浮かべ、右手を胸に当てる。
(……確かに少し詰め過ぎたと反省はしている。しかし、こうも嘘をつき通すのに必死だったとは思わなかった。どうやら、部外者が迂闊に踏み込んではいけない領域だったらしい)
フランはシルヴィの肩を叩き、彼女が顔を上げたのを見て深々と頭を下げる。
「申し訳ない! 君は大切な受験者だというのに、本音を引き出そうとするあまり君を邪険に扱ってしまった!」
「……」
「どうしてもつかなきゃいけない嘘だったんだろう? なら、ついたままで構わない! もしこんな僕を許してくれるなら、明日にでも実技試験を――」
「いや、教えるよ」
息を呑んで驚き、顔を上げるフラン。
シルヴィは立ち上がって赤くなった目を擦り、それから深々と息を吐く。
「先に言うと、アタシは実技試験には参加できない。けどその前に、アンタにアタシのことを諦めさせる為に教えてあげる。アタシが隠したかった秘密を」
「……僕が、採用を諦めざるを得ない秘密?」
「――いい? アタシは凍龍と人間、両方の血を継ぐ『龍人』なんだ」
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