第8話 バッドエンドは認めない
そして集まった液体は徐々に色づき、人の形に姿を変え……やがて、フランの姿に変わった。
「ふう、何とかなった! やはり便利だなこの能力は。まさか酸となって地面に染みこんだ状態から元に戻れるなんて」
しかし、そんなフランの姿は少しだけ小さくなっていた。
「おじいさん、大丈夫ですか? お怪我は?」
「あ、ああ。問題ない。それより君、少し背が……」
「やはり小さくなってますか。フェンリルの臓器を解かすのに少し体積を消費したんでしょうね。でも大丈夫です、数日で元に戻ると思うので」
「そうか。それと……何をした?」
「フェンリルに食われた直後、僕は自分の体を酸に変えたんです。それも、地球最強の酸と言われる『フルオロアンチモン酸』にね。そしてフェンリルの口内や食道、胃に穴を開けました」
老爺は肩を震わせ、肘を抱える。
「酸で肉を溶かされる痛みと内臓を破られた痛みは、老体にはかなり響いたでしょうね。ふむ……」
「この世は弱肉強食だ、倒した魔物にまで同情してちゃキリがないぞ」
「分かってます。ただ、これから化学を兵器に利用していかなくちゃならないのが、化学者のみんなに申し訳なくて。ごめん、僕は化学者失格だ」
腕を組み、目を閉じて俯くフラン。
「そういうのは生きてここを出てからにするんだ。周りを見ろ」
フランが顔を上げて辺りを見渡すと、茂みの中に無数のローンウルフ達が潜んでいることに気付く。
(こいつら、唸るだけで襲いかかってくる気配が無い。主を討ち取られたんで何をしていいか分からず、威嚇することしか出来ないと言った所か)
「今の内に急いでここを出よう」
そう言って走り出す老爺の後を、フランは急いで追うのだった。
◇ ◇ ◇
走り続ける事5分。あともう数歩前に踏み込めば街に出られると言ったところで、老爺は息を切らして膝に手を突く。
「はあ、はあ……も、もう限界じゃ……」
「む、無理して走るからですよ……後もう少しとはいえまだ森の中ですから、休憩は短めにお願いしますね」
地面に座り込むフラン。辛そうに胸で息をするフランだったが、辺りの警戒を怠ることは無かった。
汗だくの顔を左右に振り、絶え間なく周りの安全を確認するフラン。
(あれ以降、本当に誰も襲ってこなかった。まるで相手がどんな奴かを分かっているようだったな)
やがてフランは首を振るのにも疲れ、前を向いて俯く。
(まるで知能があるみたいだ。勝てない相手には挑まない、という考えの元そうしているのか? だとしたら、あのお爺さんに手を出さないのはおかしな話だ……)
深く息を吐き、呼吸を整えたフランは立ち上がり、右斜め前にある草むらをジッと見つめる。
(お爺さんの事はいい。問題は、さっきから僕らの後を付けてる一匹の狼だ。あいつだけだ、僕達を追いかけてきたのは。察するに、恐れを抱かない特殊個体か?)
目頭を押さえ、目を閉じて険しい表情を浮かべるフラン。
(だとしたら、何故今襲ってこない? 二人まとめて仕留めるには絶好のチャンスのはずだ。それなのに、奴はジッとこちらを見たまま動かない。ただ見に来ただけ、か?)
フランが再び深く息を吐くと、老爺が立ち上がって声を掛ける。
「どうした? もう行くぞ」
「……なんでも無いです。きっと僕の思い違いでしょう、出られるなら早く出るに限ります」
「ああ。それじゃあ――」
――刹那、草むらから狼が飛び出してきた。フランは咄嗟に老爺を両手で突き飛ばすも――
狼は突き飛ばしたフランの右前腕を食いちぎり、華麗な着地を決める。
尻餅を着いた老爺は、フランの右腕がなくなっているのを見て、息を飲んで青ざめる。
「……え?」
フランはなくなった前腕を見てしばらく唖然としていたが、激痛が走ると共に右腕を抱えてうずくまる。
「君! 気を確かに!」
(ク、ソ……食いちぎられた……!! ああなってしまえば、もうあの腕は僕の体の一部とは言えない……取り戻せない!!)
滝のような脂汗を掻き、全身を激しく震わせてもがくフラン。そんなフランに、狼はゆっくりとにじり寄る。
「こんな……こんなところで終わるのかよ! 僕は十分自分の価値を示せただろう! なのに……なのに!!」
フランは両目から涙を流しながら叫ぶ。無くした右腕を引きずりながら、何とか立ち上がって逃げようとするフランを見た老爺は――
「――ああ、確かにこれは理不尽だ。この程度のアクシデントで、お前の価値は下がらんだろう」
杖を思いっきり地面に突き立てる。すると狼の全身が一瞬にしてグシャッと潰れ、血と臓物の破片が辺りに飛び散る。
破裂音に振り返り、その光景を目の当たりにしたフランは、顔だけ振り返った姿勢のまま呆然と立ち尽くす。
「群れの中で突出した知能を持つ異常個体なんざ、何百年と冒険者やってるこの俺でも初めて会った。対応出来んのも無理は無い」
「なん、百年……? おじいさん、貴方は一体……」
「そろそろ明かしても良いか、俺の正体を」
老爺が杖を地面に突くと、老爺の体が青く光り出す。やがてその光が晴れると――
全身真っ黒の探偵服に身を包んだ、一人の黒髪青目の青年がそこに現れた。
「若っ!?」
再び体が動いたフランは青年の方を振り返り、青年に近づく。
「ふむ、この姿を見てまだ分からんか。まあ最近は露出を減らしていたから、それも仕方ないか」
溜息をつき、杖を畳んでポケットにしまう青年。
「まあ俺の事は知らなくても、『夜王の巣』の事ぐらいは知ってるんじゃないか?」
「……ええ、まあ。僕はそこを受けようとして、受けられなかったので」
「ふむ、人事部の奴らこんな早く採用を止めたのか? まあ確かに、今年は豊作だったと聞いている。隊長枠が早いうちに充足し、その隊長達も人員を集めきるのが早くてもおかしくない」
「人事部? ま、まさか……」
自慢げに鼻を鳴らし、腕を組んでフランを見下ろす青年。
「そうさ。俺は『夜王の巣』会長、アラン・クー。そして会長であると同時に、最上級6位の冒険者でもある男だ」
「か、かかかかか会長!?」
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