第7話 打倒フェンリル
その後も二人は森を進み続け、狼が現れてはお手製のテルミットグレネードを投げるなどして安全を確保していた。
しかし、奥に進むにつれ狼の出現頻度が高くなっていき、みるみるうちにグレネードの残数が減っていく。
そして今、最後のグレネードを使ってしまったフランは、老爺から『まだ出口まであと5分掛かる』と言うことを聞いて絶望していた。
(ど、どうする……? 今の僕が出せる最大の火力は、あのテルミットグレネードしかない! 今から他に用意しようにも――)
ふと自分の左手を見るフラン。そんなフランの手からは、小指と薬指がなくなっていた。
(いくら僕の能力に化学反応を増幅させる力があるとは言え、指二本で6個の生産が限界だ。今から指を全てグレネードに変換しても、足りないだろうな……)
「おい君、ボーッとしてる暇はないぞ」
「……分かってます。僕はただ、次に打つ手を考えてるだけで」
「まだまだ出口までは遠い。考えすぎるあまり、後れを取って深手を負わんようにな」
(その言葉、まるで実例を見たかのように発されていた。このお爺さん、一体何者なんだ……?)
顎に手を当てて考え込むフラン。しかし次の瞬間――
森全体に、凄まじい音圧の遠吠えが響く。
「止まれ! 微かな音も立てるでないぞ」
「な、なんです?」
「ローンウルフ達の長、フェンリルが近くにおる。きっと、君が倒した狼たちの仇を取りに来たのだろう」
「じゃあ足を止めちゃダメなんじゃ?」
「ローンウルフ達と違って、奴は視力が低い。足音さえ立てなければ、奴はワシらに気付かず再び眠りに付くだろう。後はまあ、ローンウルフ達を引き連れてないことを祈るばかりだ」
フランと老爺はその場にしゃがみ込み、口を覆って息を抑える。
やがて草むらから巨大な狼が一匹のそのそと出てきて、辺りを見渡す。フェンリルは傷だらけで、片眼が潰れていた。
荒い息を悟られないよう強く口元を抑えるフラン。老爺はそんなフランの肩に手を置きながら、フェンリルの動きを目で追う。
狼はグルグルと二人の周りを回り続け、その間ずっと鼻を鳴らしていた。
「ふむ、奴は嗅覚も弱っているようだな。噂によれば、5000年もローンウルフの長を務めていたと聞く。この様子を見るに、もう長くはないだろう」
「……しかし、凄い圧を放っています。今でもきっと、普通のローンウルフじゃ相手にならないような……」
「そうだろうな――待て、くしゃみが……」
その時、老爺の大きなくしゃみが辺り一帯に響く。その音によってフェンリルは二人の存在を補足し、二人の方を向いて大きく吠える。
フェンリルの咆哮は森中の木々や地面を大きく揺らし、フランはその咆哮を聞いて目を閉じ、耳を塞ぐ。
「す、すまない。まさか、ワシがこのような事態を招こうとは……」
「……」
フランは歯を剥き出しにして歯ぎしりし、歯の隙間から息を長く吐く。
(考えろ……奴はこれから僕達を食うだろう。だが僕の手札は全て使い切ったし、今から他の反応を仕込もうにも時間がない。だが諦めるな! 何か、何か絞り出せ!)
協会で聞いた、自身の能力を思い返すフラン。
(僕の能力は、『試薬無しで化学を扱える能力』。相手や自分の体を好きな元素に変化させ……体?)
フランは思わず息を飲み、目を見開く。
「もしこれが出来るなら、本人の意思次第で能力の解釈をいくらでも広げられる事になるぞ」
「何を言ってるんだ! どうする、逃げるか!?」
「……逃げるとしたらおじいさん、貴方一人で」
立ち上がり、般若のような表情を浮かべる狼に面と向かって歩き出すフラン。
「何をするつもりだ!」
「僕は死なないよ。おじいさん、信じて」
立ち上がろうとした老爺だったが、その言葉を聞いて立ち上がるのを止める。
引き続き唸るフェンリルの目の前に立ち、キッと睨み付ける。
「アドバイスだ。僕を食うなら、錠剤の如く噛まずに飲むことだ。でなければ、君は想像を絶する苦味と辛味を同時に味わうことになるからね」
フェンリルは口を大きく開けてフランの周りの地面に噛みつき、土ごとフランを口内に放り込んで飲んだ。
「き、君!! そんな!」
喉を鳴らしてフランを飲み込むフェンリルに、驚いて尻餅を着く老爺。フランが胃の中に入ったのを確認したフェンリルは、今度は老爺に目を向ける。
「……結局こうなったか。今まで見た子の中で、最も才を感じた子だったんだがな。ああ腹が立つ……かくなる上は!」
老爺はポケットから杖を取り出し、展開して地面に強く打ち付ける。
「フェンリル。貴様ごとこの森を焼き払い、彼を弔うと――」
次の瞬間、フェンリルは上を向き、口から滝のように血を垂らしながら絶叫する。そんなフェンリルの腹には、大きな穴が開いていた。
辺り一帯に飛び散る血を浴びながら、呆然と立ち尽くす老爺。そんな老爺の目の前でフェンリルは地面に倒れ込み、やがて塵となって跡形も無く消えていった。
「な、何が……」
フェンリルのいた場所にある草は茶色く変色しており、煙を放ちながら音を立てて溶けている。
「……酸か?」
やがてその草むらの中から無色透明な液体が浮かび上がり、その液体の粒はゆっくりと一箇所に集まり始める。
そして集まった液体は徐々に色づき、人の形に姿を変え――やがて、フランの姿に変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます