第6話 頂に立つ才能を示せ

 時刻は進み、深夜1時を回った。


 ひたすら街中の民家やクランの拠点の戸を叩きまくていったフランだったが、誰一人として、家の中から顔を出すことは無かった。


 文句を言うでもなく、ただ誰もが沈黙を貫いている。


(……海外における夜の認識は、基本外に出ないものだと聞いている。きっと、異世界においてもそうなのだろう。とにかくお爺さんに報告しないと)


 フランは駆け足で老爺の元へ戻り、助力を得られなかったことを報告する。


「そうか。じゃあ、夜が明けるまでここにいるわい」

「いけませんよお爺さん、森から獣が飛び出してきたらどうするんです」

「そうは言ってもな……もうこの時間になったらホテルは人を受け入れてくれんし、しかし護衛がいない以上森に行くわけにも――」

「護衛ならいますよ」


 両手を腰に当て、老爺を見つめるフラン。


「ならん。お主は未来ある冒険者じゃ、こんなところで命を落としとう欲しくない。老い先短いワシの為にそう生き急がんでも良い」

(やはり、止めてくるか。じゃあ仕方ない、ここは心を鬼にして――)


 フランは険しい表情をし、老爺の横を通り過ぎて森の中へ入ろうとする。


「待て! 行くでない!」


 立ち止まり、振り返ったフランは険しい顔を老爺に向ける。


「止めるなら置いていきますよ」

「この……ワシは気を利かせてだな……」

「おじいさん」


 フランは表情を少し緩め、右手を腰に当てる


「僕は朝に登録を済ませたばかりなんですが、その時手続きを担当した協会員に言われたんです。貴方には才能があるとね」

「な、何が言いたい?」

「僕は何も、貴方を助けたいって思いだけであそこに飛び込もうってんじゃないんです。森の攻略は、僕が己の才能を実感するためのテストでもある」


 依然として困惑している老爺。


「僕はね、冒険者の頂点に立ちたいんです」

「――何?」


 フランの発言を聞いた老爺の表情がガラッと変わる。


「クランのリーダーになるのはもちろんのこと、いずれは世界中の冒険者を束ねる存在になりたい。そんな大言壮語を吐く男が、最初から中級レベルの実力を世に示す位の事を出来ないでどうするというのです」

「……」

「だから僕は死なないし、死ねないんです。ゆえに貴方が心配している事故なんて起こらない。だって僕は、化学者の知識を持つ化学戦士なんですから」

「……自身の知識と能力にシナジーがある、と」


 老人は目を閉じ、少しの間黙り込む。そして目を開けると、杖を折りたたんでポケットにしまい、フランの前に出る。


「なら、ワシに示してみると良い。己の才能、そして存在価値を」

「貴方に……? まあ何より、容認頂けたようで幸いです。というか、お爺さんは森を抜ける道が分かるんですよね?」

「でなければ前に出ておらん。案内するから、はぐれるんじゃないぞ」

(おじいさんの口調と、雰囲気が変わった。それまで感じられなかった、威厳に溢れたオーラが急に溢れて……いや、今は気にすべき事じゃないだろう)


 再び表情を引き締め、頬を両手で叩いてから老爺の後を追う。


 ◇  ◇  ◇


 森の中は案の定非常に暗く、『一寸先は闇』という言葉が形容詞になる程の暗闇が広がっていた。


 そこでフランは人差し指の皮膚をケミカルライトに変える事で、ある程度の視認性を確保することに成功する。


「横に注意を払うのは任せたぞ」

「もちろんです。ちなみに聞きますけど、何分ほどでこの森を抜ける予定ですか?」

「知らん、時計を持って外に出たことがないからな。だが短か過ぎず、長すぎない絶妙な時間だったのは覚えておる」

「……まあ、長めに見ておきます」


 溜息をつきたい気持ちを抑え、フランは身振り手振りをせずに後を追う。


 それから間もなく、フランはすぐ横の草むらから、小さな葉ずれの音を聞く。


「おじいさん伏せて!」


 老爺がうずくまると同時に、三匹の黒狼が草むらから飛び出してくる。


(能力の解析は道中に済ませた。まずは初歩の初歩から始めよう――)


 フランは懐から取り出したカプセルを三回振り、カプセルを右に少しひねってから狼の方に放り込む。


(ソイツの中身はアルミニウム粉末と酸化鉄粉末を混ぜた物だ! カプセルをひねり、信管を通して点火すると……)


 次の瞬間、カプセルは辺りに閃光をまき散らすと共に大爆発し、三匹の狼の体を跡形もなく焼き尽くす。


 フランは咄嗟に身を隠し、口を手で覆う。爆発は一瞬で収まり、狼の唸り声が聞こえなくなったのを見て、フランは口元から手を離し立ち上がる。


「――凄まじい光と共に、3000℃の炎を放つ。これを一般的に、テルミット反応と呼ぶ」

「……ふむ、これが化学というものか?」


 老爺は杖を突いて立ち上がり、フランを見る。


「初歩的なものですがね。もっと大がかりな事も出来ますが、森林火災が起きてはいけないので、ここではこれが限度です」

「環境の事を考える冒険者なんぞ初めて見たぞ」

「じゃあ森が燃えるのは普通の事と? そんなんでよく今日まで存続できましたね、人類」

「森が燃えるのと人類の存続がどう関係あるってんだ。空気を綺麗にするわけでもないのに」

「……またしても向こうとは違う常識か。覚えときます」


 溜息をつき、フランは再び歩き出した。

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