第2幕 僕が隊長になるまで

第5話 試練の前の静けさ

 教会を出たフランは近くのカフェに寄り、カウンター席に座って情報誌を読んでいた。


(参ったな。あの人の言うとおり、大規模クランの募集は全て締め切られている。一つくらいは残ってるかなと思っていたが、すっからかんだ)


 机を中指で忙しなく叩きながら、眉間にしわを寄せるフラン。


(世界一のクラン連合、『夜王の巣』。協会員はそこを、大量の求人を出すから年中入団テストを受けられる所だと紹介してくれていたんだがな。運が悪かったか)

「あのーお客様、ご注文の方は……」


 カウンター越しにマスターに話しかけられたフランは、すぐ傍にあるメニュー表を手に取る。


「じゃあこのプレミアムコーヒーのホットを一杯、それからトーストを1枚お願いします」

「コーヒー!? ……か、かしこまりました」


 マスターは角砂糖が入った白い小さなツボをフランの前に置き、一礼してキッチンへ入っていった。


(気遣いどうも。だが生憎と、僕はブラック派なんだ)


 フランは情報誌を閉じ、カフェへ向かう道中で拾った観光ガイドを表紙の上で開く。


(このガイドは良い。店の情報はほどほどに、宿に関してはチェックイン・アウト時間から値段まで詳しく書かれている。えーっと、貰ったお金で一泊出来そうな場所は――)


 地図上に指を滑らせて宿を探し始めるフラン。


 それからしばらくマップの隅々までくまなく目を配っていたフランだったが、マスターがコーヒーとトーストをフランの傍に置いた丁度その時、適切な宿を見つける。


(夕食朝食込みでこの値段か、アリだな。よし、コーヒーとパンを摂ったらここに向かおう)


 フランはガイドを丁寧に四つ折りにしてポケットにしまい、情報誌の表紙に肘を着きながら軽食を取り始めるのだった。


 ◇  ◇  ◇


 ――結論から言うと、フランは宿にたどり着けなかった。


 今の時刻は午前0時。人っ子一人居ない都市の端っこで、フランは歩道の真ん中に座り込んで歯ぎしりをしている。


(見込みが、甘かった……!!)


 縮尺を見れば、カフェから宿までの距離が地図で見るより遙かに遠い事は明らかなはずだった。


 しかし、フランは宿探しに夢中になる余り縮尺の情報を見落としていたのだ。


(売店はもうほとんどしまっているし、あれから何も食べてないから腹も減っている……せめて水さえ手に入れば、それをデンプンに変えて空腹感を消すことが出来るのに!)


 あぐらをかいたまま、意味もなく体を左右に揺らすフラン。


 そんなフランの目は歩道の果てにある森の入り口に向いており、ボーッとそこを見ているうちに、その前に背を丸めて座る誰かがいることにふと気づく。


(こんな夜中にあそこにいちゃあ獣にでも襲われそうだ。声を掛けてこよう)


 フランはゆっくり立ち上がり、駆け足でその人影のいる方向へ向かう。


 その足音を耳にしたのか、その誰かは立ち上がってフランの方を向く。


「おお! やっと人が来てくれた! そこの子や、冒険者を呼んできてくれんかの?」


 人影の正体は、杖を突いた白髪交じりの黒髪を持つ、帽子を被った老爺だった。


「呼ぶも何も、僕は冒険者ですよ。ここは危険です、僕が案内しますよ」

「……そうはいうが君、冒険者になったばかりだろう? そんな君にこの森を抜けるための護衛を任せるのは、失礼ながらちと不安での」

「僕の状況はお見通しですか。では、この森がどう危険なのか説明頂いても? 応援を呼ぼうにも、危険性をうまく説明できなきゃ滞るというもの」


 少し俯いて黙った後、再び顔を上げて老爺は言う。


「この森には、ローンウルフというモンスターがうじゃうじゃ沸いておる。奴らは群れを成して森に入った者を襲うだけでなく、驚異的な再生力をもっているんじゃ」

「なるほど、厄介なモンスターがいると」

「それゆえ、この森に入れるのは中級下位以上のランクを持つ冒険者だけとなっておる。法で規制されてるとかじゃなく、それほどの実力者でないと生きて出られないんじゃよ」

(中級下位……鷲尾さんが最上位と呼ばれているように、冒険者にはいくつかの区分があるみたいだ。察するに下級下位から上級上位までの九個に、最上位を足した十個の区分に別れていると見た)

「とにかく、中級中位以上の冒険者を呼んどくれ! 深夜の森を抜けられるのはそのレベルの冒険者しかおらん!」

「……わかりました、探してきます」


 老人に背を向け、街中へ引き返すフラン。


(こんな真夜中に、命を賭けたタダ働きをしたがる冒険者なんていないだろう。だからこそ、もし適切な人物が見つからなかったのなら――)


 フランは深く息を吐き、ポケットの中で拳を握る。


(僕は世界に、冒険者の頂に立つ資格を示さなきゃならないだろう)

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