第4話 冒険者登録

 フランが不良に絡まれた現場から10分歩いた頃、ようやく冒険者協会という看板がついた建物の真下に到着する。


 見上げると、今自分がいる場所は巨大な時計塔の真下である事に気づく。


(……館から出て初めて見た光景。その町の中で一際目立つ建物の正体が、まさか冒険者協会だったなんて)


 そうして少しの間建物を眺めていると、ふと滑車がガタガタと鳴る音を聞く。


 再び目線を前に戻すと、ついさっきまで閉じていた門が開いていた。


(さて、行くとしますか)


 右の拳を左の手の平に打ち付け、フランは門をくぐって施設の中へ入っていった。


 ◇  ◇  ◇


 協会の中に入ったフランは、入って早々に受付の女性からカウンター越しに手招きを受ける。


 それに応じてフランがカウンターの前に立って間もなく、女性はこう質問する。


「冒険者志望の方ですね?」

「ええ」

「ではいくつか質問に答えて頂きますね――」


 その女性は表情を変えずにペンを持ち、メモを取りながらフランに面接を仕掛けた。


 数十年ぶりの面接にドキドキしながらも、毅然とした態度でフランは面接に臨む。


 そうして一秒も間を開けることなく言葉を交し続けること五分、女性は満足げな表情を浮かべ、手に持った書類を置いた。


「素晴らしい。ここまで丁寧かつ誠実な回答を戴けたのはしばらくぶりです。これなら、つつがなく登録手続きは済むでしょう」

「助かります」

「……それと、最後に一つ聞かせてください。貴方、ここに来るまでに誰かに脅されてたりしませんか?」

「安心してください。確かに僕は脅しを受けましたが、優しい冒険者に助けられたお陰で無事ここへ来られました。冒険者になりたいというのは、ちゃんと僕の意思です」


 ホッと胸をなで下ろし、微笑む女性。


「それはよかった。最近この手の恐喝が多くてですね、特に貴方はお若いので心配だったんです」

「心配いただきありがとうございます。さて、手続きはこれで終わりですか?」

「いえ、あともう一つ残っています。貴方には『開花の儀』という、内に秘める能力を解放する為の儀式をこれから受けていただきます」

(能力……鷲尾さんや不良達が使っていた力の事だよな。僕にも彼等みたいな、戦える力が眠っているのか?)

「こちらへどうぞ」

(あまり期待せずに行こう。例え戦えなくても、組織で成り上がる方法はあるんだから)


 カウンターを出てどこかへ歩いて行く女性の後を、落ち着き払った様子でフランは着いていくのだった。


 ◇  ◇  ◇


 フランが女性に案内されたのは、星の装飾がなされた紫色の小さなテントだった。


 促されるまま中に入るフラン。そうしてフランが目にしたのは――縦横無尽に広がる星空だった。


「おおー……」


 テントの中央には小さなテーブルとその上に乗った水晶があり、水晶を挟んで相対する様に二つの椅子が設置されている。


「手前の席へおかけになってください」


 そうして二人がそれぞれ座るべき席に座ると、水晶が淡く光を放ち出す。


「右手で水晶に触れ、思考を空っぽにしてください。思考の濁流に襲われても、動じずに流してくださいね」

「わかりました」


 水晶に触れ、目を閉じるフラン。水晶の光が強くなるのを瞼の裏で感じる間もなく、フランの脳裏は高速で流れる走馬灯によって支配される。


 あまりのスピードで流れるイメージに声を漏らしそうになるも、左手で口を押さえてそれを耐える。


 そうしてしばらく経つと、唐突にイメージが途切れ、思考に不気味なほどの静寂が訪れる。


「目を開けてください」


 促されて目を開けると、フランは自分の両瞼に涙が溜まっている事に気づく。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ。無事です」


 両目を右腕で擦り、涙を拭き取るフラン。


「そうですか。では貴方の能力ですが――『試薬無しで化学を扱える能力』? なにこれ……」

「!!」

「えーっと、化学反応を起こしたり、自分自身や触れた相手の体を好きな元素に変換できたりするそうです。知識次第ではいくらでも能力を拡張出来ますが、難しいですね……化学の知識を要する力とは」


 フランは唐突に高笑いをしながら立ち上がる。驚いた様子の女性に対しフランはこう告げた。


「化学の知識を要する能力? そんなの願ってもないことですよ! 前世で僕は29年間毎日欠かさず研究を続けてきた男だったんだ、化学の知識は十分過ぎるほどにある!」


 人差し指を立て、その先に小さな炎を出すフラン。フランはその日を、女性の目の前で七色に変化させてみせる。


「す、すごい……これが化学……」

「こんなもんじゃないですよ。もし勤務時間外に会うことがあれば、もっと凄い物をお見せ致しましょう」


 フランが手を降ろして再び座ると、呆然としていた女性は意識を取り戻して咳払いをする。


「化学を操る能力に、化学者の記憶を持つ能力者。自身の得意と能力が釣り合ってない人も多い中、これほど相性の良い能力を獲得できたのは凄まじい幸運ですよ」

「全くもってそうですな」

「そしてそれらの幸運を持つ者は私の経験上、漏れなく最上位冒険者にまで上り詰めている。貴方になら、これを渡しても問題無さそうです」


 女性は水晶の上から分厚い本をフランに手渡す。本の背表紙には、『クラン情報誌』と書かれていた。


「本来この本は、3,4個任務を達成してからお渡ししているものです。しかし、貴方ほどの可能性を持つ方なら今渡してもいいかと思いまして」

「クラン、とは?」

「冒険者同士が集まって出来る組織の事です」


 ふと女性の口から出た『組織』と言う言葉に、眉をピクリと動かすフラン。


「2人しかいない零細クランから、数百のグループが集合して出来ている超大型クランなど、その在り方は様々です」

(妹が言ってた『出世や降格の危機が常に身に纏う』というのは、このクランの中で起きる事なのだな)

「今は時期が悪く、ほとんどの大型クランは募集を締め切ってしまっているのですが……零細クランに所属し、まずは経験を積むというの良いんじゃないかなと」

「……なるほど。しかしまずは、自分の目で求人を見て、それから方針を考えようと思います」

「それもまた良いですね。では、登録手続きは以上で完了となります」


 女性は立ち上がり、フランに向けて微笑んでから頭を下げる。


「それでは、良い冒険者ライフをお過ごしください!」

「ありがとう。そちらこそ、良い日を過ごしてくださいね」


 フランも一礼し返し、それからテントを出た。

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