第3話 悪意佩くつむじ風

「よおガキンチョ。お前に頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるよな?」

「……ついに僕も、オヤジ狩りの標的にされる時が来たか」

「変なこと言って兄貴の話の腰を折るんじゃねえ! いいか、兄貴がお前に頼みたい事ってのは他でもない、冒険者になる事だ!」

「国は新しく冒険者になった奴に補助金を出すんだ。それも結構な額をな。俺達はソイツが欲しいんだ」

「ふむ、君達はお金に困ってるのか?」

「うるせえ!」


 兄貴と呼ばれた男は両拳を胸の前でぶつけて鉄のガントレットを装着し、すぐ横にあった店の窓ガラスをその拳で破壊する。


 ガラスが割れる大きな音は周囲の人々を大いに驚かせ、一気に衆目を集める。


「無駄口を叩くんじゃねえ! 俺が聞きたいのはお前が冒険者になるかならないか、それだけだ! さあ答えろ!」

「そう怒鳴るなよ……恐喝行為は違法行為だ、目立って通報されたくないだろう?」

「通報、ってなんだ?」


 男の返答に目を見開いて驚くフラン。黙って見ている民衆、男達の堂々とした態度、そして館の門の前にいた二人の強そうな男。


 思い返した要素の全てがフランの頭の中でかみ合うと、フランは途端にうなだれる。


(そうか、つまりこの街は全域が無法地帯、修羅の国……)

「で、どうなんだ!」

「……分かったよ。君達の言う事を――」

「聞く必要は無い!!」


 その時、空中から振ってきた何かがフランと男達の間に墜落し、その場に大きなつむじ風を巻き起こす。


 男達もフランもその衝撃によって吹き飛ばされ、フランは空高く打ち上げられる。


(まずい、この高さから落ちたらひとたまりも――)


 墜落するフランの体は、下にいた何者かにキャッチされる。


 受け止めたフランの顔を覗き込む人物は、赤いショートヘアを持つ、凛々しい顔立ちをした女性だった。


「身の程を弁えてるのは好印象だ。しかし弱気でいては奪われるばかりだぞ、少年」


 女性はゆっくりフランを地面に降ろして立たせる。


 そうしてフランは、女性がカーキ色のジャケットに黒のプリーツミニスカートという格好をしていた事に気づく。


 それから女性は、暑そうにジャケットのジッパーを降ろし、白いチューブトップに包まれた中くらいの胸と白い腹部を露出させる。


 それを見て、少しだけ顔を赤くするフラン。その一方、女性の後ろで二人の男が頭を擦りながら起き上がる。


「いてて……何が起こって――」

「あ、兄貴! アイツ、第二位の最上級冒険者ですよ! 名前は確か――」

「っぱそうだよな! まずい、ずらかるぞ! 早くお前の能力を起動しろ!」


 横にいた男が大男にくっつくと、二人は黒い影となって地面に溶け込んだ。


「相変わらず逃げ足の速い奴らだ、私が排熱する隙を狙って逃げるなんて……まいいや。少年、怪我はない?」


 フランは頬を叩いて表情を引き締まらせ、二歩後ろに下がってから深々と頭を下げる。

「本当に助かった! ありがとう!」

「え、いいってそんなかしこまらなくて。悪者ぶっ倒してスッキリしたかっただけだし」

「いいや、きっちり礼を言わせて欲しい。君がいなければ僕はアイツらの言いなりになっていたし、これからも良いように使われていただろう」

「へぇ、今は違うのか?」

「ああ。あの一言のお陰で、僕はこの修羅の国を生きる覚悟を決められた」


 面を上げたフランの顔は、少し険しくなっている。


「ずいぶん飲み込みが早いじゃん、久々に期待できそうな新人に会ったかも。名前は?」

「フラン・ケミスト」

「ケミスト! 長者番付常連の一族からこんな芯のある子が出るとは……面白っ。そうだ、私も名乗らないとな。私は鷲尾燈蘭わしおとうらん、少年と同じ転生者さ」

「に、日本名!? その体にも元の名前があったはず――」

「さあ? 気がついたときは天涯孤独だったから、本名を知れなかった」


 燈蘭はフランに背を向け、一歩前に出る。


「雑談はここまでだ。見たところ少年には才能がある。君と一緒に仕事が出来る日も、そう遠くないのかもな?」


 振り返ってフランに微笑みかけた後、燈蘭は右足で地面を強く蹴って空へ飛び上がる。その後すぐに激しい風が辺り一帯に吹き荒れ、フランは思わず両腕で目を覆う。


 風が止むと、街は落ち着きを取り戻し、穏やかな雰囲気を取り戻す。


(……あのような暴力沙汰はほぼ日常って感じか。なんて物騒な世界だ、今知れてよかった。これでこれから暴漢に襲われても、法を恐れずに全力で迎撃出来るのだからな)


 踵を返し、協会のある方向へ再び歩き出すフラン。


(しかし、まさかトップ層の冒険者と会えるなんてな。目指すべき到達点を視認出来たのは、とてつもなくデカいぞ)


 そんなフランの顔には、獲物を前にした獣の様な凶暴な笑みが浮かんでいた。


(燈蘭さん。君と並ぶ地位に至るまでの道を、僕は最短で歩んでみせよう。あまりのスピードに腰を抜かすだろうから、湿布の用意をして待っていたまえよ)

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