第2話 毒親への逆襲

 長い廊下を抜け、エントランスに出たフランを待っていたのは、入り口に繋がるドアの前に立ってこちらを睨み付ける両親だった。


 フランはそれに臆することなく、むしろ挑発的な笑顔を二人に向ける。


「これはこれは! 子供の成長を阻害し、なおかつ子供を道具としか見ていない創作にありがちな毒親の皆様ではありませんか!」


 フランがそう大声で話しかけると、二人の表情が一変する。


 それを見てフランは口角を上げ、二人の元へ駆け寄る。


「息子の旅立ちを察して、今の内に一生分の嫌味を言っておこうって算段ですかな。だとしたらお引き取り願いたい」

「な、なによアンタ、親に向かってそんな口――」

「いま会ってみてわかったが、君たちは社長の器じゃない。おおよそ祖父や兄上の権力におんぶにだっこと言った所か、違うかい?」

「貴様! 今すぐその口を閉じないとこうだ!」


 殺気だった中年男性が握って拳を振り上げるが、フランは全く動じない。その様子はかえって、男を大いにビビらせてしまう。


「年の面から考えれば、当主に相応しいのはお父様の方だ。しかしその実、君は当主の座を兄上に押しつけてる。君の人格を予想しよう――」


 舌打ちをし、フランに殴りかかる男。しかしフランはそれをひらりと躱し、膝の裏に蹴りを入れて地面に倒す。


 フランが倒れた男の背中に座ると、中年女性は息を飲んで驚く。


「面倒事が嫌いで、自分の不出来を解消する気が無く、しかし金持ちゆえプライドは高い。だから社会的に地位が下で、かつ逆らえない子供を貶す事でしか、日々を生きるためのエネルギーを補給できないんだ」

「黙れ……貴様のことを今日まで食わせてきたのは、一体誰だと思って――」

「先ほど挙げた二人でしょうな。もし本当に貴方がたに食わされていたのなら、今この場で喉仏を刺激して胃の中の物を全てぶちまけましょう」

「やだ最悪! いつからアンタそんな事言う子になったの!?」

「ずっと言う子ではあったよ、我慢してただけで。ただもうこの家を出て行くから、言いたいこと全部言ってやろうと思ってさ」


 立ち上がり、大きなドアの右側に右手を当てるフラン。


「なによもう……! ガイアに養われるだけしか能のないごくつぶしのクセに、生意気!」

「良い捨て台詞だ。だがまあ、それは過去の話だ。これから僕は独り立ちし、組織の頂の景色を見る。親である君達にも是非見守って欲しいが――」


 フランは振り返り、廊下の入り口から顔を覗かせているアリスに向けて微笑む。


「どうしても辛ければ、僕のことを忘れてくれても構わない。君達に頼らずとも、寂しいなんて思いはしなくて済みそうだし」


 アリスが微笑み返すのを見て、フランは扉を押して外に出るのだった。


 ◇  ◇  ◇


 屋敷の外に出たフランは、都市の風景を一望できる場所に館が建っていた事に気づく。


 日本にいては見る事の出来なかった、イギリス風の未来都市。あちこちに背の高いビルが建っており、街の中心には太く大きな時計塔がある。


(……ああ、なんて美しい。研究所のある街以外の景色を見るのは、研究所に就く前以来か。何時間でも見ていられる――)


 頬を叩き、深く息を吐くフラン。


(いかん、こんなところで立ち止まってる余裕なんかないだろ。はやく冒険者協会に行くんだろ、僕は)


 フランは意を決し、門の左右に一人ずつ立っていた黒服の男達にお辞儀をしてから長い長い下り階段を降り始めた。


 ◇  ◇  ◇


 街に出たフランは、冒険者協会のある方向を示す看板に従って街中を歩いて行く。


 朝の街中は人通りが少なく、涼しい風が街一帯を頻繁に通り抜けていた。


(都市にしては閑散としているな……と思ったが、確か妹が今は朝の六時だと言っていたな。なら、この雰囲気も無理はない)


 町を歩く人々の服装は北欧の民族衣装に似た様相であり、フランは見慣れない服装をした人々を見て眉間にしわを寄せる。


(……本当に慣れないな、視界にスーツや白衣を着た人々が一切映らないのは)


 ふと、フランはすぐ隣にある店の窓に反射する自分の姿を見る。


 フランは黒いワイシャツにベージュ色のトレンチコートを着ており、下にはポケットだらけの黒いズボンを履いていた。


 それから、12才という年に見合った幼い顔と体をもつ自分の姿を一瞥し、窓から目を離す。


(こんな可愛い子供からあんな悪意に満ちあふれた言葉が出たんだ、そりゃあの二人も驚くか)


 道なりに再び歩き出すフラン。すると、目の前にいる二人の大男がこちらに向かって歩いて来ている事に気づく。


(ああ、すっごい嫌な予感がする。でも、逃げたら逃げたで碌な目に遭わされない気が……)


 そう思う間もなく男達は駆け足になり、間もなくフランの目の前に立ちはだかる。


「よおガキンチョ。お前に頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるよな?」

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