化学転生 ~少年に転生した老研究員、隊長として訳あり異人娘達と共に冒険者の頂点を目指す~

熟々蒼依

第1章 隊長就任編

第1幕 転生初日

第1話 化学転生

「ん、んん……」


 洋風の豪華絢爛な一室で、呻きながら体を起こす少年。寝ぼけ眼を擦りながら、大きく伸びをして辺りを見渡している。


「……なんだここは。僕はさっきまで、研究所で……」


 ――小金雅人おがねまさと、57才。某国立研究所で27年間副所長を務めており、所長の座を勝ち取るために日々研究と事務作業に没頭していた。


 しかしこの日、深夜の巡回中に新人研究員五名が秘密裏に行っていた実験の現場に遭遇し、その直後に起こった爆発に巻き込まれて死亡してしまう。


 そして現在、彼は未開の地で目覚めを迎えた。 寝ぼけた表情が徐々に困惑に満ちたそれに変わり始めたとき、金髪ロングの赤いドレスを着た少女がドアを開けて入ってくる。


「あら、お兄様ったら起きてらしたのですね。睡眠時間足りてます? 今は朝の六時ですよ?」

「君は――」

「ああ言わんこっちゃない! 目の下クマだらけですよ!? ささ、早くもう一度床に就いて下さいまし!」


 少女は少年に近づき、肩をどついてベッドに押し倒す。そうして少女は――


 押し倒された勢いで布団の中から飛び出した右手の甲を見て、それまで良かったはずの顔色をガラッと変える。


「あ、ああ……これは、『転生のアザ』……」


 少年が右手の甲を見ると、中指の付け根から手首まで続く一本の青く太い線が刻まれている事に気づく。


「と言うことは、お兄様はお兄様でなくなられてしまったのですね……」

「……どういうことだい?」


 目を閉じ、鼻から深く息を吐く少女。それから目をパッと開き、右手を上にして両手を前に組む。


「ようこそ、。ここはアストレア界の都市、グレイス街の一等地。我々ケミスト家は代々製薬会社を営んでいる、言わば大金持ちという部類に入る一家です」

「どうりてこんな部屋が豪華なわけだ」

「そして、ケミスト家には三人の子供がいます。長男にしてケミスト家当代当主のガイア・ケミスト。末っ子の私、アリス・ケミスト。そして次男たる貴方、フラン・ケミストの三人です」


 アリスはそう言い、手鏡を手渡す。フランが鏡を見ると、映っていたのは金髪赤目の少年だった。


「おお! 若々しい! 肌にシワが無いし、顔から油が過剰に出ることもない! それに……少し凛々しいぞ。これが若いのの言う転生って奴か! ハハハ、いいな!」

「フランお兄様の体でそんな事言わないでくださいよ……」


 上機嫌で鏡を見つめるフランを、呆れながら溜息交じりに見つめるアリス。


「ああすまない、望んで止まなかった若さを手に入れてつい、な。要するに僕はこれから、そのフラン・ケミストって奴の人生を代わりに送れば良いって訳だな」

「はい、何卒よろしくお願いします」

「よし分かった。そうと決まったら、早速――僕をその製薬会社の社員にしてくれ!」

「は、はぁ!?」


 驚いて尻餅を着くアリス。


「ななな、何を言ってるんですかお兄様!? なりませんよ、我々会長の子が平社員になるなんて!」

「そう言う法律があるのか?」

「ないですけど、そう言う問題じゃなくて――」

「せっかく若くなったんだ、僕はそれを活かしてもう一度出世街道を1から歩み直したい。そして今度こそ、組織の頂点に立つんだ!」


 目をキラキラ輝かせてそう言うフラン。アリスは顎に手を当てて少し考えた後、口を開く。


「でしたら、冒険者を目指してみては如何でしょう」

「冒険者?」

「ええ。危険なモンスターを倒したり、ダンジョンを攻略したりする職業です。正直貴方には勧めたくなかったのですが……平社員になられるよりはマシです」

「その冒険者、ってのに出世要素はあるのか?」

「出世の可能性と降格の危機、それらと日々隣り合わせの職業と伺っています」

「なるほど、アリだな」


 ベッドを降り、用意してあったスリッパを履くフラン。


「決めた、僕は冒険者になる。それで、どうやってなれば良いんだ?」

「グレイス街にある冒険者協会に行き、登録手続きを行う事でなれます。しかし……」


 あからさまに言葉に詰まるアリス。


「……父と母が、それを許さないでしょう」


 表情を曇らせ、俯くアリス。


「お二方は、私達二人に外で活発に動いて欲しく無さそうなんです。外出を厳しく禁じ、必要なとき以外は自室にこもるよう指示しています」

「なるほどな。さてはそいつら、子供が外でやらかして、それをダシに会長の座を降ろされるって事を恐れてるんだな」

「わかりませんが、そうじゃないかなあと。特にお兄様はその傾向が強くてですね。臆病な軟弱者というレッテルを貼られ、毎日のように二人から嫌味を言われてたんです」


 フランは露骨に眉をひそめ、腕を組む。


「しかし私は信じてます。お兄様は機会に恵まれないだけで、その時が来たらガイア兄様を越える実力を発揮するお方だと。そしてきっと、今がその時なのです」


 その言葉を聞いたフランは目を見開いて驚き、そして微笑む。


「……そうか、フランにも味方はちゃんといたんだな。安心した」


 アリスの横を通り、フランはドアノブに手を掛ける。


「本当に行くおつもりですか!? 無理に行こうとすれば、勘当されますよ!」

「何、勘当を受けるのは今回が初めてじゃない。仕送りのない生活には慣れてるんでね、問題ないさ」

「成人した人がする一人暮らしと、12才のお兄様がする一人暮らしとではハードルが違うんですよ!」

「……許せ妹よ。僕はこのフランという漢に、不遇を耐え抜いた礼に頂の景色を見せてやりたいんだ。誰かに心配掛けたり、体に無理を掛けたりしてでもな」

「お兄様!」


 制止しようとするアリスに構わず、フランは部屋を出た。

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